「ホテルまで送りますよ、昴さん」
新年の花火が終わり、仲間たちがそれぞれ去っていった後には、船上パーティーの賑わいもすっかり静まりかえっていた。
二人で踊ったスローダンスのリズム。密着した体と見つめ合った瞳。その幸福な高揚感はまだほのかに体の内に漂っていたが、ともあれパーティーは終わったのだ。
そう思って、新次郎はごく自然に車のドアを開けながら、昴を振り返って微笑みかけたのだった。
しかし、彼が目にしたのは、自分に向けられたあからさまなあきれ顔だった。
「昴は、言った。…やれやれ、と」
明るいグリーンのチャイナドレス姿の昴が、腕組みをして溜息をつく。
「あの…ぼく、何か…」
「新次郎。君は本気で僕をホテルに送りたいと思ってるのか?」
「ええっ…?だって、もう夜も遅いですし、せっかく車もあるんだから…」
腕時計を覗き、車を眺め、ぽりぽりと新次郎が頬を掻く。
「新次郎」
すい、と昴が歩み寄って、髪をかき上げると、
「…僕の部屋に来ないか?」
どんな二枚目男優もかすむほど魅力的に、低い声で囁いた。
ぽかんとする新次郎に、昴があきれ顔に戻る。
「…と言ってみせるくらいのことができないのか?君は」
「え、…ええ〜っ!!??だ、だって昴さん、それって…」
新次郎の反応に改めて溜息をつくと、昴は気を取り直したような笑みをにっこりと浮かべた。
「僕は、新次郎のアパートに行きたいな。君の部屋を見てみたい。…いいだろう?」
無邪気なまでにまっすぐに見つめられ、新次郎はまっ赤になったままこくこくとうなずくしかなかった。
どうにか運転を誤らずにビレッジのアパートの前に着いた時は、もうすっかり夜も更けていた。
昴の住まう豪奢なスウィートルームとは比ぶべくもないと思いながら、新次郎は思い人を伴って自室のドアを開けた。
「ど、どうぞ…」
一歩入って部屋を見回し、昴が涼やかに微笑んだ。
「きれいに片づいているね」
「あの、そのへんに座っててください。今お茶をいれます」
スーツを脱ぎながらキッチンに向かう新次郎を、昴が呼び止めた。
「お茶は後でいい」
「え?ええと、じゃあ…何を…」
昴はふふっと小さく笑った。
「君はどこに座るんだ?」
「ええと、その椅子は昴さんがどうぞ…ぼくは適当にこのへんに」
新次郎が腰掛けたベッドに、昴も並んですとんと腰を降ろした。
「す、昴さん…?」
あわや飛び退きそうな勢いの新次郎に、昴は静かな声で言った。
「昴は、言った。座るなら、新次郎の隣がいい…と」
「は…あの…その…」
どうしていいかわからず、新次郎はただ口をぱくぱくさせていた。
深夜の自室のベッドに、二人っきりで並んで座っている。
沈黙と緊張が耐え難く、新次郎はYシャツの内側でどっと汗を吹いた。
もじもじと指を組み合わせる新次郎に、昴が少しさみしげに顔を曇らせた。
「さっき、車で言ってくれた言葉は、嘘だったのか?」
「嘘じゃありません!ぼくは昴さんが大好きです!」
真剣に新次郎が叫ぶと、昴は安堵したように微笑んだ。
「なら、君が僕にしたいと思うことをすればいい。この間、蒸気テレビを見ていた時みたいに」
「うああっ…知ってたんですか」
「あたりまえだ」
頭を抱える新次郎を、昴が促した。
「さあ、あの時君は何をしようとしたんだったかな」
「あ…あの…」
ごくり、と新次郎は喉を鳴らした。
そっと昴の肩に手を回し、抱き寄せる。
そして、黙って昴の顔を見つめた。
黒い瞳が、おだやかに細められて見つめ返していた。キラキラと光る黒曜石に、固唾を飲む自分の顔が映っている。
「あの…目を、閉じてくれませんか…?」
「ふふっ…臆病だな、新次郎。いいよ」
臆病、と言われて、新次郎も少し無気になった。
意を決し、顔を近づけ、そっと唇を重ねた。
ふわり。
と触れた昴の唇は、やわらかく、ほのかに白檀のような甘く高雅な香りがした。
息をひそめてじっとその感覚を味わったあと、新次郎は名残惜しげに顔を離した。
「それから?」
昴の問いに、新次郎は再びまごついた。
「え?それからって…」
「だから、他には君は何をしたいんだ?」
「え、ええと…」
頬を掻き、腕を組み、ぽんと手を打って、新次郎が手をのばした。
「そうだ。ぼく、昴さんの髪に触ってみたかったんです。とても綺麗で…キラキラしてる」
耳元に手を差し入れ、さらさらと指で梳いた。
「うん…それから?」
心地よさげに、昴が喉を鳴らす。
「ええと、あとは…」
ぐいと背中に腕が回されて、昴の顔が新次郎の胸元に押しつけられた。
「こんなふうに、抱きしめてみたかった…」
昴の髪に顎を埋め、新次郎は幸せそうに呟いた。
「力が強いな、新次郎」
「あ、痛かったですか?」
折れそうな肩の細さを意識して、新次郎は慌てて力を緩めた。
「いや。いい気持だ」
昴は眼を閉じて微笑んでいた。
そのままあっさりと体を離した新次郎に向かって、昴が小首をかしげる。
「…それから?」
「え、ええと…でも…それって…」
言いよどむ新次郎に、昴はふいに真面目な表情になって言った。
「昴は、知りたい。新次郎がどんなふうに好意を示してくれるのか…どんなふうに僕に触れてくれるのか…知りたいんだ」
「ほ、ほんとに、いいんですか…?」
「くどい」
昴は急にむっつりした表情で顔をそむけた。
そして、少し頬を赤らめて、いくぶんうらめしげに言った。
「君は、僕がまったく恥ずかしくないとでも思っているのか…?」
いとおしさと欲望が混然となって、新次郎を直撃した。
「…昴さん…!」
ぎゅっと肩を掴んで引き寄せると、勢いがあまって、がち、と歯が当たった。
「す、すみません」
「大丈夫」
昴が楽しげに苦笑した。
もう一度やりなおし、しっかりと昴の唇を捕らえると、口づけたまま細い体を敷布の上に横たえた。
たずねるように舌先でつつくと、昴も答えた。新次郎は深く唇を被せた。
この世にこれ以上やわらかなものはないと思えるような、昴の舌の感触に、新次郎は酔いしれた。頭の芯が痺れたようになって、自分の鼻息ばかりが大きく聞こえた。
自分のネクタイをほどこうとしている昴に励まされ、新次郎もドレスのチャイナボタンをもどかしげにはずし始めた。
そっと手を差し入れ、小鳥のような細い鎖骨を辿りながら、胸元を開いていく。
少し頬を上気させた昴が、真剣な表情でその様子を見ていた。
やがて、少年のような平たい胸が現れた。白い水面に浮かぶ花びらのように、桜色に色づく乳首が新次郎の眼を射た。
両手をそっと胸に当てると、手のひらの下で、鼓動が早鐘のように鳴っているのが伝わってきた。
(昴さんも緊張してる)
そう思うと、新次郎は少し安堵し、同時にいとおしさがこみ上げた。
拭うように撫でると、昴がかすかに身じろぎした。緊張に固く結ばれた唇の端にそっと口づけ、顎の先から喉を降りていく。手のひらの中で、小さな粒が固くなって行くのを感じる。
新次郎はたまらずに顔を伏せ、小さな突起を口に含んだ。
「んっ…」
昴が小さく呻いた。
舌先で弧を描くように転がし、吸い上げ、やわらかく噛んだ。白い腕が狂おしく頭を抱きしめる。
「ああ…新次郎…」
昴のか細い喘ぎ声は、もうそれだけでこの上なく貴重で、甘美な調べだった。髪の間に入り込み、かき乱す昴の指の力を、新次郎は幸福な思いで感じていた。
互いの体を阻む衣服という障壁を剥がしながら、白くたおやかな脚を折り曲げた。腿の奥に緊張しながら手を差し入れていく。
昴は抵抗しなかった。ただ、最後のプライバシーを明け渡す覚悟に頬をこわばらせ、じっと新次郎を見ていた。その瞳から目をそらせないまま、新次郎の指先が核心に触れた。
昴の体が琴の弦のようにぴんと跳ねた。
細やかな襞と、その奥に温かく湿った場所があった。
昴を愛するのに、自分の知識の範囲で足りることに、新次郎は安堵した。
「昴さん…」
顔を近づけると、昴はすねたような、不安なような、どこか頼りなげな表情を浮かべていた。
女の子だったんですね、と言って微笑みかけたがったが、まさにこの瞬間まで自分の性別を明かさなかった昴に、何も言わない方がいいような気がした。
代わりに、そっと指をすべらせて、愛らしい襞を撫で、自分の喜びを伝えた。
「ああっ…」
昴が息を飲み、喘いだ。
体の下で身をよじる動きに感じ入りながら、新次郎は昴の秘密を愛で、指先で円を描き、潤いを求めた。
だが、入り口は固く締まり、緊張したまま閉ざされていた。
このままではむつかしいと思った新次郎は、体をずらすと、昴の脚をかかえて押さえ、唇を割り込ませた。
「新次郎っ…!」
狼狽した声が頭上で響いた。
かまわずに熱い口を被せ、舌先で入り口を押し広げるようになぞった。
「だめだっ…そんな…新……ああっ…」
昴が言葉にならない声をあげ、新次郎の頭をぎゅっと締めつける。同時に、なんとか押しのけようと昴の手が頭を叩き、髪を掴む。
混乱した弱い力で背中を蹴られながらも、新次郎はやめなかった。すくい上げ、突き、唇で敏感な部分をときほぐすようについばみ続けた。
「ひあっ…!」
細い悲鳴が、昴の喉から漏れた。細い体が硬直し、ふるえ、足指の先がぴんと伸びて、やがてぐったりと敷布に沈み込んだ。
「昴さん…」
つややかな黒髪を頬に張り付かせ、昴は半ば呆然とした表情で、荒い呼吸を繰り返していた。
自分の頭もぼさぼさだろうと思ったが、先に、口の中に入った昴の髪を直してやる。そして紅潮した頬から胸まで見下ろして、新次郎は目を丸くした。
「昴さん…あの…」
訝しげに首をひねりながら、ためらい勝ちに新次郎はたずねた。
「少し、胸が大きくなってませんか?」
途端に、昴がさらにまっ赤になった。
「そんなことに気づくな!」
「気づきますよ!」
平らだった昴の胸は、今はささやかに盛り上がり、女性らしいふくらみを作っていた。
「……戦闘中に強い霊力を使ったり…ほとんどありえないが、感情が高ぶった時などに…少しだけ、こうなるんだ」
「…ああ、だから戦闘服だと胸が…」
さも得心がいったようにうなずく新次郎を、昴が睨みあげた。
「君は戦闘中にどこを見ているんだ!」
「うわあっすいません!」
昴は溜息をついて呼吸を整え、目をそらしてぽつりと言った。
「それで…君は、まだ終わりじゃないんだろう?」
「あ…」
己の状態に気づき、今度は新次郎が赤くなった。
決まり悪げに、昴の脚を折り曲げて、新次郎は己をあてがった。
「あの…ちょっと痛むと思いますけど…」
「知っている。気遣いはいらない」
遠慮がちな新次郎には、昴は思ったより落ち着いて見えた。
だが、先端を押し込むなり、昴が悲鳴のような呻きをあげた。
「うあっ…!」
思わず、新次郎は戸惑った。
「大丈夫ですか…?無理だったら、言って…」
「いいから、君は、するべきことをすればいい…!」
歯を食いしばって枕を掴んだまま、昴が呻くように言った。
異物を押し戻そうとする強い抵抗に逆らって、少しずつ押し進める。狭すぎて、耐え難かった。すぐにも破裂してしまいそうだ。新次郎は必死で歓喜の渦に押し流されまいと堪えた。
昴の様子をうかがうと、小刻みに体を震わせ、固く目を瞑って痛みに耐える姿が目に入った。噛みしめた唇が、赤く腫れて今にも切れそうだった。
「だめだ…昴さん、つらそうですよ」
「新次郎…!」
枕から手を離し、昴が新次郎の腕をぐっと掴んだ。
「言っただろう…?僕は、知りたいんだ。君が、僕にしてくれることを。僕たちが、二人で分かち合い、感じ合えることを…だから…やめないでくれ…!」
叱るような、泣き出しそうな、そんな昴の表情に気圧され、新次郎は心を決めた。
「昴…さん…」
もとより退くことは困難だった。かすかに隆起した胸を手のひらで包み、揉み立てながら、新次郎は少しでも昴の痛みを紛らわせようとした。昴は大きく息を吸い、溜めて、堪えきれなくなると吐いた。
ようやく根元までおさまると、先端が最奥に到達するのがわかった。
「はあっ…!」
昴が声をあげた。苦痛ではなく、鮮烈な快楽への戸惑いが明らかに見て取れた。
「昴さん…!」
耐えきれずに、新次郎は動いた。それに連れて、昴の体が敷布の上を上下する。自分を包む昴のぬくもりが、柔らかさが、暖かな波となって全身を浸した。
「ああ…っ…しんじ、ろう……体が、燃えるようだ…」
熱に曇ったかすれ声で、昴が呟いた。
「昴さん……昴さん…!」
うわごとのように昴の名を呼びながら、新次郎は張りつめていく勢いに任せた。
熱はすぐに極限まで上昇した。逆巻く波に深く飲み込まれ、二人は等しく押し流されて、果てた。
「昴は、第二次成長の手前で発育を止めている」
二人の間の熱を、夜気が静かに冷やし始めた頃、横たわった昴が天井を見ながら言った。
「…止めて…ってどうやって?」
傍らの新次郎は、思わず肘で体を起こして問いかけた。
「僕の霊力は桁違いに強い。制御装置なしでは、スターの霊子水晶が過負荷で破損する。その霊力を使って体の発育を抑えてるんだ。だから、ある意味まだ女性ではないとも言えるかもしれない」
淡々と話す昴を見つめながら、新次郎は迷った挙げ句にたずねた。
「昴さん…聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「どうして、性別にこだわらないことに、そこまでこだわるんですか?」
沈黙が続いた。
「…性別が、人の存在価値を決定するのが、許せなかった」
気まずい雰囲気をどう修繕すればと新次郎が悩み始めたころ、ようやく昴が口を開いた。
「九条家は、五摂家のひとつの公家。詳しく説明はしないが、僕が女に生まれたのは災厄でしかなかった。狂乱した両親はしばらく僕を男と偽って育てたよ。親の決めた許嫁までいたが、僕が女だと知ればそれまでだった」
抑揚のない口調が、かえって言い難い苦しみを語っているような気がした。
「…昴さん…」
「遠い昔の話さ」
小さく笑って言い捨て、昴は話の終わりを告げた。
そして、新次郎のほうに向き直ると、今度は昴がたずねた。
「僕が、もし男性だったら、さっき君はどうした?」
「いいっ?…え、ええと…どうしただろう…」
敷布の縁をもみくちゃにしていた新次郎の指は、だがすぐに止まった。
「でも、ぼくはどっちだかわからなくても昴さんを好きになったんだから、きっとなんとかなったと思います。うん」
自分に確認するように言う新次郎を、昴は困ったように見つめた。
「新次郎…君って人は…」
「…あれ?昴さん、今ぼくのこと新次郎、て呼びませんでしたか?大河じゃなくて…」
不思議そうに言う新次郎に、昴の表情が強張る。
「君は…」
髪をかきむしるように額を抑えて、昴が呻いた。
「今気づいたのか!」
「すいません…いつからでしたっけ…」
「新年の花火の後だ」
小さくなった新次郎に、憮然として昴が答えた。
「でも、どうして?」
「親密な関係の人間どうしは、ファーストネームで互いを呼び合う。だから僕も、そうしたかったのさ」
「それって…昴さん…」
目を見張る新次郎をはぐらかすように、昴はくるりと体の向きを変えた。
「さて、シャワーを借りていいかな」
敷布を体に巻きつけてベッドを出ようとしたところを、新次郎が腕を掴んで引き戻した。
「…だめです」
「え…?」
「…もう一度、ちゃんと聞きたいです。昴さんが、新次郎って呼んでくれるのを………この腕の中で…」
言葉の意味に気づき、一瞬、昴がぽっと頬を染めた。
そして、噛みしめるように微笑んで、答えた。
「昴は、了解した………新次郎」
そうして、二人はもう一度見つめ合い、深く口づけた。
《了》
どうも昴のドレスはチャイナじゃなくてアオザイらしいですね…_| ̄|○(後日)
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