夜明け前
汽笛の音で大神は目を覚ました。
見慣れぬ天井に大神は一瞬身構えたが、すぐに何処にいるのかを思い出して、警戒を解いた。
−−−山下公園を前に臨む、ホテルの一室だ。
昨日は、マリアの知人が開いている、というカフェに行き、二人とりとめもなくいろいろなことを話した。
気が付けば、客は自分たち二人だけ。いつのまにか閉店時間になっていた様だった。
その後、二人で夜景を眺めているうちに帰る手段をなくして、山下公園前のホテルに二人で泊まったのだった。
「まだ寝てるか・・・」
隣のマリアは、気持ちよさそうに眠っている。普段なら、人の気配がすれば起き出すのに、起きる気配がない。すっかり安心しきっている。
マリアを起こさないようにベッドから抜け出ると、そっとカーテンをあけた。
空はまだほの暗い。
船の灯りが、ゆっくりと動いている。朝一で出航する貨物船だろうか。
「夜明けまでは、もう少しか・・・?」
衣擦れの音を聞き振り向くと、マリアが起きあがって、ぼんやりしていた。
「マリア・・・起きたのかい?」
「んー・・・・・空からさくらが、、、あじの開きで。。。レニが・・からくりさんま」
「はぁ?」
どうやら、寝ぼけているらしい。しばらく唖然としていた大神だったが、くくっと笑いながら、マリアの寝言に答えていく。
「あじの開きとサンマ?朝御飯かな?」
「・・・ピロシキでー・・・人参いためって・・・・ミキサーしてね」
「ミキサーね。かけたよ」
「あい。あとは火薬いれて、ぽい」
「かっ火薬!?」
大神が聞く度にマリアは妙な返事をし、時に笑い、時に唖然とした。
「・・たーちょ・う・・・」
「ん?ここにいるよ」
目が合うと、マリアは春の日溜まりみたいな、なんとも言えない柔らかい、それでいて無防備な微笑みを見せた。
そして、そのまま後ろにひっくりかえる。
「マリア!?」
抱き留めると、マリアはすぅすぅと規則正しい寝息をたてていた。
「しかたないな・・」
しばらく大事に抱えていたが、いかんせん足がしびれてきた。そっとマリアを寝かすと、隣に横になった。彼女の髪を梳いて遊んでいると、だんだん眠たくなってくる。
壊れ物に触れるかのように、瞼にくちづけて眼を閉じた。
−−いつまで側に居られるか分からないけど、今だけは・・・・
そんな事を考えながら、大神は再び眠りに落ちたのだった。
《了》