親指昴さん






 ある所に子どもがいないラチェットさんがいました。
 子どもがほしいと魔女にお願いすると、魔女は一粒の種をくれました。
 家に帰ったラチェットさんが植木鉢にその種を植えると、しばらくしてチューリップの花が咲き、その中に親指ほどしかない小さな昴さんが座っていました。
「僕は昴。それ以上でも、それ以下でもない」
「まあ、なんてかわいげ…かわいい子でしょう」
「ラチェット、台詞を噛むとは君らしくないな」
「そういうことを言うからかわいくないのよ」
 ラチェットさんはなんだかいろいろ複雑なようでしたが、親指昴さんと名づけてとりあえず大切に育てました。

 そんなある日、カエルのリカが花びらのお布団で眠っている親指昴さんを見つけ、「もしものゴハンにぴったり!くるくるくる〜!」と、さらっていってしまいました。
「やれやれ…いきなり非常食扱いか」と鉄扇を片手に溜息をつく親指昴さん。睡蓮の葉っぱの上にぽつんと一人残されて、どこへも逃げることができません。
 そんな親指昴さんを見て、「とても他人事とは思えません」と同情した魚のノコが、親指昴さんが乗せられていた睡蓮の茎を噛み切ってくれました。

 葉っぱの上に乗ったまま、蝶々に引っ張ってもらって川を流されていく親指昴さん。それを見たコガネムシのジェミニが、なんてかわいいんだろう、と思って家につれて帰ります。しかしジェミニのお姉さんは「この子は胸もないし胸もないし胸もないし」と野次りました。
 お姉さんが言ったことなのに、なぜか鉄扇で狂い咲きされてしまったかわいそうなジェミニ。もっとも、怒った親指昴さんを落ち着かせるために、胸を揉もうとしたのもいけなかったかもしれません。

 その後、親指昴さんは一人で野を放浪します。寒い冬が来て、親指昴さんは今にも凍え死んでしまいそう。「…紐育ならば真冬でも半ズボンで大丈夫なのに…」理不尽を嘆いて一人呟きます。
 そんな時、ネズミのサジータさんが住んでいる家を見つけました。親指昴さんは、中に入れてもらおうとドアをノックしました。
「ふふん…あんたがあたしに助けを求めるなんて、いい気分だね」
 サジータさんの小気味よさげな態度に、親指昴さんは気を悪くして帰ろうとしました。それではお話が続かないので、サジータさんは首根っこをつかまえて親指昴さんを家に入れてあげました。心やさしいサジータさんは、親指昴さんを腐れ縁の友だちのように可愛がりました。
 そこへやってきた、サジータさんの友人、モグラ紳士のサニーサイド。「ワンダフル!ジャパニーズビューティーだね!」と親指昴さんに一目惚れし、ぜひお嫁に欲しいといいます。金持ちのモグラ紳士と結婚すれば、親指昴さんも幸せだろうとサジータさんもすっかり乗り気。しかし親指昴さんは、サニーサイドのお嫁さんになるのはいやでした。だってミーハーで胡散臭いんですもの。

 ある日モグラ紳士サニーサイドの家に招待された親指昴さんは、途中のトンネルで若いツバメの新次郎が力なく横たわっているのを見つけます。親指昴さんは新次郎のために、ハチミツ入りホットミルクを作ってあげました。「昴は言った…君は…これからだろう…?」とツバメの新次郎のために涙を流す親指昴さん。感激した新次郎はいきなり元気になりました。
 しかしツバメの新次郎は、早く南の国へ行かねばなりません。親指昴さんにお礼を言って泣く泣く去っていきました。

 さて婚礼当日。とうとうサニーサイドのお嫁さんになってしまうのかと親指昴さんが悲しくて泣いていると、ばんばんと窓を叩く音がします。
「昴さ〜ん!昴さ〜ん!」
 そこにはツバメの新次郎の姿がありました。
 結婚式を邪魔されて憤慨するサニーサイドやサジータさん。花嫁姿の親指昴さんは、「新次郎…!」と叫んで駆け出しました。
 親指昴さんは新次郎の背中にのっけてもらって南の国へと逃げました。

 南の国のお花畑には、親指昴さんと同じ位の大きさの、妖精のダイアナ王子様がいました。
 綺麗でやさしげな王子様を見て、ツバメの新次郎は身を引く決心をします。
「どんなに親指昴さんが好きでも、ぼくは所詮ツバメ。どうか王子様とお幸せに…」
 背を向けるツバメの新次郎を、親指昴さんは呼びとめました。
「僕を、置いて、行くな…!」
 すると、ダイアナ王子様の眼がキラキラと輝きました。
「ああ、種族の違う者どうしの報われぬ恋…素敵です…ふう…」
 胸を押さえて感嘆の溜息をつきながら、王子様はなぜか注射器を持っています。
「諦めちゃ駄目ですよ駄目ですよ。わたしが医学的アプローチでお助けしますから!」
 ツバメの新次郎と親指昴さんは顔を引きつらせて退きました。

 二人がダイアナ王子様の医学的アプローチを受けたのかどうか、それは内緒です。
 でも、親指昴さんとツバメの新次郎は、南の国で仲良く幸せに暮らしたそうですよ。




《おしまい。》




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