スカーレット・ハート(1)






 真冬の無人の浴室は、空っぽの冷蔵庫のようにひんやりとしていた。
 陶製のバスタブの中に下ろされ、その冷たさに昴は思わず眉をしかめた。
「寒いですか?昴さん。ちょっと待っててくださいね。すぐお湯を出しますから」
 新次郎が蛇口をひねる。冷たい水が昴にかからないようにして、手で温度を確かめている様子はとてもやさしげで、なにかいたわりを受けているような錯覚を覚えた。
 だが、
「あっと、ぼくも服を脱がなきゃ!」
 そう言っていそいそと服を脱いで洗面台に放った新次郎の下腹部に、黒々と露出した臓器が目に入って、紛らわしい幻想は吹き飛んだ。あれが先ほどまで自分の中を穿っていたのだ。股関節の軋むような違和感を確認しながら、昴の胸は重苦しさで押しつぶされそうになった。
 にこにこと嬉しそうな笑みを浮かべて、新次郎がバスタブに入って来た。
「昴さん、お風呂入る時ってどうしてます?こっちの人って最初からお湯張っちゃって体を洗うんですよね?ぼく、やっぱり日本の習慣が抜けなくて、まず体を洗って流してからお湯を張って浸かるんですけど」
 何事もなかったかのように、軽い口調で話しかける新次郎の神経が、到底理解できなかった。昴は答えずに、疲れた顔を緊張させ、動かない手足を投げ出して座っていた。
「やだなあ昴さん、もっとリラックスしてくださいよ。お風呂ですよお風呂。えへへ…昴さんといっしょにお風呂に入れるなんて、夢みたいだなあ」
 新次郎は鼻歌でも歌い出しかねないほどの上機嫌だった。

「とりあえず体を洗いましょうか。…わあ…この石鹸、いい香りですね」
 手のひらにつけた泡を塗りつけるように、ゆっくりと新次郎の手が肌を這う。ぬるぬるした手のひらの温度と、細かい泡の粒がはじける感覚に、背中がさわさわとさざ波立った。
 ふいに胸の先をつまみ上げられて、昴の肩がぴくりとふるえた。
「えへへ…さっきいっぱい舐めちゃったから、綺麗にしなくちゃ」
 くるくるとひねるように石鹸の泡でこすられて、乳首は自ずと固くもたげ、胸の奥を甘苦しいような感覚が苛んだ。昴はただ眼を背け、唇を噛みしめた。
「ここも洗ってあげますね」
 新次郎の指が脚の奥に伸びるのを、昴は止めることもできずに、おののいて待ち受けた。
「つっ…!」
 昴が顔をしかめて呻いたので、新次郎が手を止めた。
「痛みますか?昴さん」
 しゃあしゃあと案じてみせるその舌を引っこ抜いてやりたいという思いで、昴の胸は煮え立った。
「大丈夫ですか?ちょっと見せてください」
 言うなり、新次郎が昴の腰を抱えて持ち上げた。
「はっ…や、やめろっ!」
 昴は激しく動転した。両足を肩に担ぐようにして、新次郎が間近に顔を寄せて見つめている。
「見るなっ!大河…!」
 羞恥のあまり気が変になりそうだった。
「わひゃあ…これじゃ沁みますよね、痛かったですか?昴さん」
 気遣うような新次郎のいまいましい声も耳に入らない。昴はもがくことも出来ずに、瀕死の魚のように口だけをぱくぱくと動かしていた。
「お詫びに、気持ちよくしてあげますから」
 舌先が差し込まれ、昴が悲鳴とも喘ぎともつかぬ声をあげた。
「はあっ…!」
 なま暖かくぬめったものが、ぬるぬると入り口をなぞり、内部を掻き回した。鼻先が最も敏感な部分をかすめ、そのたびに金属の爆ぜるような感覚が脳天まで突き抜ける。
「ああっ…い、イヤだ…っ…大河…や…あっ…」
 湯気に曇った天井に、自分のあられもない声が反響して帰ってくる。それに混じって、にちゃにちゃといやらしい水音が、尖ったガラスのように鼓膜を苛む。
 バスタブの床に両腕と後頭部だけをつけて仰いでいると、抱え上げられた腰ががくがくとふるえているのが、見開かれて渇いた眼にかすんで見えた。
 自分の想像しうる中で、いや想像しえないほどに、最も衝撃的な恥ずべき体勢だった。
「やめて…やめてくれ…頼む…」
 懇願している自分に気づき、昴は屈辱に歯がみをした。
 現在唯一、自由になるはずの声すらも、思うように抑えることも操ることもできなかった。
 昂りはすぐにやってきた。体の中心が引き絞られるような、凝縮されていくような感覚。何もかも持って行かれてしまう。
「あ…ああ…やめ…はああっ…!」
 じっとりと蒸れた浴槽の中で、昴の日ごろよりはるかに高い声が、出しっぱなしの湯とともに、排水溝に飲まれて消えた。
 得意げな新次郎に見おろされ、昴はいっそ死んだ方がましだと思った。




「風邪ひいちゃ大変ですからね。ちゃんと暖まりましょう」
 石鹸を洗い流すと、新次郎は昴を膝に抱いて浴槽にもたれかかった。湯気をたてる水面が腰から胸の上まで上がって来たところで、蛇口を閉める。
「ふうう…いいお湯ですねえ…」
 腰の下に、新次郎の体が触れている。本来なら心地よい湯の温度も、人形のように抱きかかえられた身には不安の材料でしかなかった。今の自分は、新次郎が抱えていなければ、湯船に沈んでも自力で這い上がることもできないのだ。
「洗い髪の昴さんてのも、色っぽくて素敵ですね」
 やむなく肩に頭を預けた昴の、濡れた髪を、指で撫でつけたり梳いたりしながら、新次郎が微笑みかける。
「何か言ってくださいよ、昴さん。お湯加減はどうですか?」
 きつく唇を結んで答えない昴に、新次郎はいたずらっぽく囁いた。
「うふふ…昴さんったら、意地っ張りなんだから」
 そうして遊ぶように胸の先をつついたり、頬に口づけたりする。昴は逃れることもできず、まだ手足が萎えたままなのを虚しく確認するだけだった。
 腕の中の昴を弄ぶうちに、新次郎の脚の間がむくむくと起きあがり、昴の腰を押した。
 緊張に眉をひそめる昴の顔を、新次郎はわくわくした様子で眺めていた。
「わかります?昴さん。昴さんがかわいいから、こうなっちゃうんですよ」
 なだらかな胸にぴたりと手を当てて、昴の鼓動を確かめ、新次郎はうっとりと眼を伏せた。
「昴さん、どきどきしてる…」
 呼吸のように、心臓もいくばくかでも止めることが出来たなら。いくら願っても、肋骨を叩く鼓動の速度はいや増すばかりだった。


「今いれてあげますね」
 よいしょ、と昴の体を持ち上げ、脚を開かせて、新次郎が自分の上にゆっくりと下ろした。
「うあっ…!」
 ようやく反応を示した昴に、新次郎の顔に満足げな笑みが浮かぶ。
 昴を突き刺したまま、新次郎は動かずに、唇をすぼめて息を細くしている。じっとしていると、否が応にも、体内でどくどくと脈打つ感触がつぶさに感じられた。身じろぎすることはもちろん、呼吸すらままならない。
「昴さん、もっと楽にして感じてくださいよ。ほら、ぼく、すごく我慢してるんですよ」
「く…っう……ああっ!」
 新次郎がふいに昴の体を揺さぶったので、内部で起きた摩擦に、声を抑えられなかった。
「ここですか?昴さん」
「ううっ…」
「それとも、こうかな?」
「はあっ…!や、やめろ…」
 華奢な体を、回したりひねったりしながら、新次郎が角度や深さを探る。
「んあっ…!」
「うん。このへんが一番いいみたいですね。じゃあ、行きますよ」
 肩に手をかけさせて、子供をあやすように揺すり上げる。胸と胸がこすれ合い、ぴしゃぴしゃと水が跳ねた。
「う…うっ…く……ふうっ…」
 食いしばった歯の間から声が漏れる。湯に浸かっているのに、ざわざわと悪寒が肌を走り抜ける。
「昴さん…昴さんの中、とっても気持ちいい…熱くて、とろとろしてて…全身が溶けちゃいそうです…」
 髪やうなじを撫でながら、新次郎が耳元に恍惚と囁きかける。
 お湯がはいっちゃったらすみません、とかすれた声で言いながら、新次郎が動きを早めた。バスタブの水面が俄に波立ち、それに連れて昴の声も高くなった。
「…や…ああっ…はっ…!」
「昴さん、ぼく、もう…!」
 煮えたぎるように激しく沸き立った水面が、荒波の波紋を奏で、湯船の淵に当たって跳ね返り、やがて凪いだ。






「あったかくして寝ましょうね」
 バスローブを着せかけた昴を、新次郎がベッドに寝かせた。毛布でくるみ混むようにして、ぽんぽんと肩を叩く。
「でっかいベッドですねえ…ここならいろんなことして遊べますね。えへへ…次の楽しみにしておきます」
 まだ続きがあるのかと生きた心地のしなかった昴は、そう言われて不覚にも一瞬ほっとした。そんな心中を察したのか、新次郎が顔を寄せ、勿体をつけて囁いた。
「湯豆腐、おいしかったですね」
 昴はぐっと呻きを堪えた。頑なに口を開かなかった自分に、新次郎が口移しで流し込んだ、どろどろした感触が口の中に蘇った。二度と自分は豆腐を食べたいと思わないだろう。
 唯一の救いは、新次郎が妖しげな薬を足さなかったらしいことだ。
 もうすぐ、もうすぐこの手が動く。そうしたら…。

「もうすぐ薬が切れると思いますよ」
 新次郎に言われ、見透かされたのかと昴は緊張した。
「だから、ぼくはとりあえず退散しますね。明日は大事な公演があるし、ゆっくり休んでください。打ち上げが終わったら、またいっぱい楽しいことしましょうね」

「大河…!逃げる気か…!」
 背を向ける新次郎に、昴は斬りつけるように叫んだ。
「アパートに帰るだけですよ。おやすみなさい」


 新次郎の去ったドアを、昴はその視線で壊して追いかけることができるかのように睨み続けた。
 一人で横たわっていても、脚の間にはまだ新次郎が挟まっているような異物感があって、しかも何やらじくじくとにじみ出てくるような感覚すらあった。いまいましさにおのが身を引き裂きたいほどだった。
 ぴくぴくと引きつれるように指が動いた。ようやく腕が持ち上がり、体を起こすことができた。
 だが、立ち上がることができず、ベッドからどさりと床に落ちてしまった。
「くっ…大河…許さない……!」
 這うようにしてソファまでたどり着き、昴はようやく鉄扇をその手に取り戻した。






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