空のかけらを入れて焼いたパイ

    あなたが故郷に帰ると聞いた日。
    あたしはがむしゃらにケーキを焼いた。
    甘い甘いケーキを焼いた。
    あなたの好きな苺のケーキ。
    ふわふわクリームののった苺のケーキ。
    たべてくれるかな?
    たべてくれるよね?

   メルが珍しく味見係を申し出た。
   あなたに1番おいしいものを食べてもらいたくて。
   珍しくメルに味見係を引き受けてもらった。
   特別だよともったいぶって。
   二人で太るのを気にしながらケーキを味見した。
   メルはぽつりと言った。
   大神さんが食べてくれるといいねって。
   メルは笑ってた。
   でもなんかさみしそう。
   どうしてだろう?
   どうしてわかるんだろう?
   もしかすると同じ人を好きになってたかもしれないね。
   メルもあなたを見ていたから。
   珍しく、瞳そらさずまっすぐに。
   いつのまにか二人で泣きながらケーキを食べた。
   あたしは泣きすぎて、ケーキぐしゃぐしゃにして泣いた。
   泣きながら食べたケーキはぱさついていておいしくなかった。
   あなたに渡す日にはうまくなっているといいな。
   巴里一のパティシエになるよと言われるくらいになると。
   本当は・・・・。
   俺のお嫁さんになってと言われたかったけれどね。
   
   あなたが故郷に帰る一週間前。
   やっと、ケーキがおいしく焼けた。
   これなら、パティシエになれるよね。
   きっとなれるよね。
   
   別れの言葉は聞きたくないの。
   だから食べてこのケーキ。
   せっかくおいしく出来たから。
   あなたの笑顔が見たいから。
   沈んだ顔しちゃダメ。
   あなたの笑顔が好きだったから。
   おいしいものを食べると笑顔になる。
   だから食べて。
   私のケーキ。
   そうしたら笑顔になるよ。
  
   あなたはおいしそうにケーキを食べた。
  ほっぺたにクリームくっつけて。
  子どもみたいにケーキにがっついた。
  あなたのほっぺたにくっついたクリームをなめた。
  おかしいな?
  今朝味見したら甘く出来たのに。
  ちゃんとお砂糖入れたはずなのに。
  おかしいな?
  涙は枯れたはずなのに。
  飛び切りの笑顔とおいしいケーキをあげたかったのにな。
  失敗しちゃった。
  ドジだなあ。
  あなたは寂しそうに笑った。
 そんなことすると本気で惚れちゃうよ。
 女泣かせだよ。
 あなたは・・・・。


 あなたが旅立ってしばらく経った。
 やっぱり恋しいな。
 やっぱり恋しいな。
 ・・・・関係ないけれどおいしいとこいしいって似ているね。
 どちらも思いを噛み締めるって感じだし。
 そんなときは読んだ絵本のことを思い出す。
 空のかけらを入れて焼いたパイの話。
 空のかけらがうっかり入ったアップルパイに乗っておじいさんとおばあさんが空の旅をする話。
 ぼろぼろになるまで読んだ絵本。
 空のかけらを入れて焼いたパイ。
 空のかけらを手に入れて、パイに入れて焼けたらいいのにな。
 そしたらあなたの国へいけるのにね。
 あなたと空の旅が出来るのにね。
 絵本の中のおじいさんとおばあさんみたいに。
 ねえ、いつかあなたに教えるね。
 絵本の結末を。
 そうなれるといいのにね。
 ムリかもしれないけれど。
 そうなれるといいのにね。
 でも、もしかすると・・・・かなうかもしれないから毎日練習しておくね。
 アップルパイの焼き方を・・・・・・。
 空のかけらがいつでも入ってくるように。

      



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