煩悩・源氏物語    紫月





配役
光源氏・・・マリア・タチバナ
若紫・・・・レニ・ミルヒシュトラーセ
頭中将・・・桐島カンナ
(ここまではイラストのまま)
惟光朝臣・・李紅蘭
左馬頭・・・加山雄一












 ぬばたまの夜に沈みし京の都 
 流れる雲に月隠れ 大路小路の影が消ゆ
 宿直(とのい)の眼(まなこ)を謀りて 一人男が忍び寄る
 それを知らずにぐっすりと 若紫は夢の中
 果たして! 彼女の運命やいかに!

 戸の隙間から流れ込む涼やかな風を楽しみながら、若紫は床に着いた。
源氏の君が引き取ってから幾年かが過ぎ、女童であった彼女もすでに髪そぎを終えるまでに成長している。
彼女の美しさに虫が付く事を恐れた源氏の君は、誰の目にも触れさせないようにと奥へしまい込んだ。
だが、そうした行動がまだ見ぬ姫への煩悩を、却って募らせてしまう事になろうとは・・・・。

 夜陰にまぎれ、屋根伝いに飛ぶ一人の男がいた。
源氏の君や頭中将と並び、その道で名を馳せていた左馬頭である。
地味な役職とは裏腹に、素早い身のこなしと鮮やかな琵琶の演奏、そして洒脱な話芸で姫君達にも人気があった。
また悪戯心も持ち合わせており、真偽のほどは定かではないが、あの弘徽殿大后の寝顔に「いじわる婆」と書いて無事に帰ったという、冗談のような逸話まで持っている。
そんな彼であるから、闇夜にまぎれて若紫の部屋に忍び込むのは簡単であった。
やがて、左馬頭は今宵の獲物、若紫の部屋の前に立つと、おもむろに背負っていた琵琶を構えた。

 べい〜ん・・・・べんべんべんべい〜ん・・・・

 突然沸き起こった琵琶の音に、若紫は弾かれるように起き上がった。
「敵襲!? ・・・いや、違う」
戸の向こうに薄っすらと浮かぶ人影、妙に上手い琵琶に、若紫は頭の中に入っている人物辞典から左馬頭であるとの確信を得た。
「敵襲では無いが・・・夜這いか」
命の危険から貞操の危機へと切り替えた若紫は、自分の名誉を守る最後の切り札として与えられていた懐剣に手を伸ばした。

 べぃ〜ん、べんべんべん・・・
「いや〜ぁ、妻問婚はいいな〜ぁ。・・・ちょっと大変だけど。
もとい、例え決まった相手がいても、夜這いが許される社会体制だなんて、お〜れ〜は〜し〜あわせだな〜ぁ」

口調は間抜けであるが、言っている事はかなり酷い。(現代の基準に照らし合わせてだが)
若紫が彼の軽口に身構え、そして左馬頭が戸に手をかけようとしたその時、横合いから低く鋭い声が廊下に響いた。
「そこまでだ! 左馬頭!」
突然名を呼ばれ、ぎょっとして声のした方を向くと、怒りに眼を光らせた源氏の君と頭中将が早足で近づいてくる所だった。
「な、なんとぉ! 何故私がここに来るとわかったんだ!」
驚きの声を上げる左馬頭の背後から、さらに怪しげな組み紐を持った惟光が現れた。
「はっはっはっ。こんな事もあろうかと、ウチが鳴子を仕込んどいたんよ。いやぁ、蒸気を使わん細工やから、まじめに動くか心配やったんやけどな」
「こ、惟光! いつの間に! ってお前、今時代に合わない事を言わなかったか?」
「細かい事は気にしたらあかんて。な、中将はん」
言葉を向けられた頭中将は、指をぽきぽき鳴らしながら、ゆっくりと左馬頭に近づいている。
「そういうこった。まぁ、俺もあんまり人の事は言えねぇんだどさ、若紫だけは別なんだよな。な? 義弟殿?」
「そういう事だ左馬頭。まずは己の行いを悔いるがいい」
(人様の事、言える立場やあらへんやろが・・・・)
源氏の君の言葉と惟光のツッコミが終わるとすぐ、中将の強烈な一撃が左馬頭を捕らえ、雲を裂く程の勢いで夜空に飛ばしてしまった。
「古人曰く! 隣の芝は青く見えるうううぅぅぅぅぅ・・・・・」
 左馬頭が遠くに消えたのを見届けた源氏の君は、若紫に駆け寄り、きつく抱きしめる。
「大丈夫であったか? 我が若紫よ」
「大丈夫。貞操の危機は回避された」
やや機械的な返答であったが、無事とわかると、源氏の君はため息をつき、腕の力を緩めた。
「しかし、何だな」
「どうした、中将殿」
「いや、さ。今回は惟光の鳴子で防げたけどよ、毎回毎回こうして助けるってーのもなぁ・・・。ほら、俺もたまにゃあ遊びに行きたいし」
「では、どうすれば良い?」
「そ、そりゃあお前ぇ・・・なあ?」
返答に困った中将は、惟光に視線を送り、助け舟を求める。
こないな時ばかり、と惟光は目を細め、遠まわしに「ご自分のものになさい」と説明するが、こう言う時に限って源氏の君は鈍い。
ついにたまりかねた中将は、直接表現に訴えた。
「つまりだな、や(ただいま一般の皆様には爽やかな音楽をお聞きいただいております)だよ!」
「・・・・・・な、な、な」
やはり直接的に言い過ぎたか、源氏の君は真っ赤になり、若紫と中将の間で視線を泳がせている。主人の視線の中に自分がいないとわかった惟光は、静かに席を外していった。
「な、なんという・・・しかし・・・うむ・・・その手があったか!」
ぽん、と手を叩いて合点いったと笑う源氏の君に対し、身の危険を感じた若紫は、じわじわと隣の部屋に通じる襖に近づく。
「どこに行くのです? 我が若紫よ」
少しづつ離れていくのに気が付いた源氏の君は、微笑みながら若紫の細腕を取り、もう一度自分の元に引き寄せる。
先ほどとは違い、今度は手足をばたつかせて抵抗をする若紫を見て、頭中将は少し罪悪感を感じて二人に背を向けた。
そんな義兄の心を知らずに、源氏の君は何とかして若紫をなだめようとする。
「落ちついて、若紫。これは決して恐ろしい事ではない。いずれわかるだろうが、これは私の、お前への性欲(あい)故になのだよ?」
「愛?」
「そうだ、性欲(あい)だよ」
「本当に、愛・・・?」
「もちろん性欲(あい)だとも」
「・・・・・何か・・・響きが違うような気がする」
「気のせいであろう。さあ若紫よ」
非常に慣れた手付きで、しゅるりと帯を解き始める源氏の君に、名状しがたい不安を感じた若紫は、無駄と知りつつももう一度問うてみる。
「あの・・・本当に、僕の事を愛している・・・んだよね?」
「ああ、心から性欲(あい)しているぞ」
「やっぱり何か違うぅぅぅ!」
言葉に微妙なズレを感じながらも、次々と衣を剥がされていく若紫。
抵抗する小さな声と衣擦れを後ろに聞きながら、頭中将は欄干にもたれ、ため息をつく。
「人の事ぁ言えないが・・・それにしても『性欲(あい)してる』なんて用法、どっから持ってきたんだか・・・六条の婆にでも教わったのかねぇ」
そうつぶやいてから、中将はゆっくりと耳を塞いだ。

 「あーーーーーーーー れーーーーーーーーーー・・・・・・・」

雲間から恥ずかしそうに月が顔を出した時、若紫の細い声が響いた。


おわり




番外編・ちょっと嫌な配役の源氏物語


・六条御息所(清流院琴音)とその娘(岡菊之丞)に親しむこと

六条「あら、このような遠い所まで何度もお運びにんるなんて・・・
   嬉しいわぁ」
源氏「これも全て、あなた様の『美』に対する心故でございます」
六条「まあ、お上手です事。そうよ、この世は『美』こそすべて!」
娘 「お母様・・・・凛々しいです・・・ぽっ」
源氏「はあ・・・」
六条「いい事、源氏の君。男は美しくあらなければ意味は無いわ! そう、まさしく
   あなたのように! 美しい男こそが正義なのよ!」
源氏「正義・・・・ですか」
六条「うふふ、そうよ性戯よ・・・じゃなかった正義なの。では・・・もっと、
  もっともーっと『美』について語りましょう、そうしましょう!」
源氏「な、何をしておいでです、六条の!?」
六条「な・に・を・今更。さぁ行くわよ、二人で『美』の世界を追求するのよ!」
源氏「いえ、そんな、まだ心の準備が!?」
六条「いいのよいいのよ、全てこの私にお任せなさい!」
娘 「・・・・お母様、そんな過激な・・・でも・・・素敵です・・・ぽっ」
源氏「あーーーーーーー れーーーーーーーー・・・・・・」
   はらり・・・



・源氏の君、末摘花(太田斧彦)に通うべきか悩むこと

末摘花「ああ、今日もまた、通って下さらなかったわ・・・・・・ぐっすん」
   源氏と惟光、ぼうぼうに生えた草の影からその様子を伺う。
末摘花「確かに、私は雅なんてわからないわよ。でも・・・でもね・・・この・・・
   (地声で)鍛え上げたこの体には、自信あるのよぉぉぉ」
   源氏と惟光、ただただ唖然。
末摘花「この若鮎のように締まった筋肉! 弾力たっぷりのこの唇! そして、艶っ
    ぽい泣きぼくろ! これで萌えなきゃあ・・・・ってあんら嫌だ、地が出
    ちゃったわぁん。これだから源氏の君がお通い下さらないのねぇ」
   激しく頷く源氏と惟光。
末摘花「でも・・・でもね・・・・今度来たら・・・(地声で)ぜぇぇぇぇったい
    帰さないんだからぁぁぁぁぁぁ!」
   青ざめてそそくさと退出する源氏と惟光。
   かくて、末摘花の屋敷はさらに荒れていくのであった。



・御息所の生霊に襲われて、葵上(神崎すみれ)の頓死すること

六条「くやしい・・・」
葵上「?・・・つわ子さん?」
六条「違うわよ!」
葵上「ああ、誰かと思えば、大年増の六条さんではございませんの。
   ごきげんよう」
六条「あ、これはどうも。って、そうじゃないのよ! 貴方、源氏の君の子供を
   生んだそうね」
葵上「ええ、それはもう、私に似て玉のような」
六条「そんな事聞いてないのよ、私は! まったく、源氏の君に寂しい思いを
   させといて、いまさら正室ぶらないでほしいわ」
葵上「貴方こそ、ちょっと私より身分が高いからって『年甲斐も無く』人の亭主に
   手をお出しにならないで欲しいですわね!」
六条「まぁ! いけしゃあしゃあと憎たらしい! 私なんてね・・・私なんて・・・
   一生、『お母様』って、呼んでもらえない体なのよ! それを」
葵上「ちょいとお待ちなさいな、六条の。お母様と呼んでもらえない、というのは
   一体どういう意味なのかしら?」
六条「いえ、それは、その・・・」
葵上「貴方のご息女は斎宮に選ばれ、近々伊勢に下ると聞いていましたが、貴方が
   生んだのではございませんの?」
六条「あの子は・・・その、先の春宮と私の垢でこしらえた・・・」
葵上「あか太郎の話なんて、今時の若い人達は知らなくてよ!」
六条「う、うるさいわね! ひ、秘密を知られた以上、生かしてはおけないわ」
葵上「貴方が勝手におっしゃったんでしょう!? 冗談にも程がありますわ!」
六条「では下段からいくわよ」
葵上「く・・・あああぁぁぁぁ・・・寒い冗句・・・ですわぁ・・・・」
  この後、葵上は夕霧の成長を見る事無く、他界してしまった。
六条の娘「あのぉ・・・私・・・本当にお母様の娘なんでしょうか・・・?」



・源内侍(藤枝かえで)に戯れる

中将「なぁ・・・・」
源氏「ん・・・」
中将「やっちまったんだって?」
源氏「・・・不覚にも」
中将「実はさ・・・」
源氏「ん・・・」
中将「俺も・・・やっちまって・・・」
  二人、顔を見合わせ、指差し合う
源氏「誤解があるかもしれない。いっせーの、せ、で言い合おう」
中将「いっせーの」
源氏「せっ」
二人「源内侍!」
二人「はぁ・・・・・」
中将「どうかしてたんだよな・・・あんな婆相手に・・・」
源氏「人は、思うままには生きられないのだ・・・きっと」
内侍「ちょっと貴方達! 私のどこが不満だっていうのよ!」
  突然現れた源内侍に、二人は一目散に逃げ出した。
左馬頭「いやぁ、婆もいいぞぉ〜・・・病院につれて行ってくれないけど」



ほんとにおわり




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