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Imaginary Point



中原陵成
斉藤彩
天王おみつ
山崎あやめ








「賭けをしないかい?マリア」
遊技室で、約束したビリヤードの勝負を始めようとした矢先、大神が尋ねた。
「賭け…ですか?」
「負けた方は、勝った方のいうことを聞くんだよ。なんでも」
「ふふっ、いいですよ。じゃあ隊長、次のお休みは諦めてくださいね。たくさん買い物があるんで、荷物持ちが欲しかったんです」
当然、自分が勝つものと思っているマリアは、余裕の笑みで承諾した。
「言ったな?俺だって簡単には負けないよ」
「お手並みを拝見しますよ。で、隊長は?勝ったら何をお望みですか?」
すると、大神の顔が、ふっと真剣になってマリアを見つめた。
「俺は…君がいいな」
「…は…?」
「君が欲しい。ここで」
ぽかんとしていたマリアの頬が、ぱあっ、と花のように染まる。
「…さあ、始めようよ、マリア」
大神がキューを握った。


 先行を取ったのは、大神。
 マリアとしても普段以上に出来たという自信があったのだが、大神の方が一段上だった。マリアより良い位置にボールをつけたのだ。多分タイミングがずれて戻ってきた大神のボールが、クッションに与えた振動がマリアのボールを動かしたのだろう。
「いつの間に…」
「それなりに俺も研究はしてるんだよ。それじゃ、先行は貰うよ」
 唖然としながら口にだすその言葉に、大神はあくまでもさりげなく返す。その言葉の裏にある意味を測りきれずに、不安な気持ちだけがマリアの中に残った。

(君が欲しい)
大神の声がまだ耳の奥でこだましている。
 動揺のあまり、マリアはなかなか勝負に集中できなかった。
(じゃあ、私が負けたら…いえ、私がそんな簡単に負けるわけないわ。でも…)
心のどこかに、負けて、大神に身をゆだねる口実を得る事を望んでいる自分を感じ、マリアは驚いて振り払った。
 壁に身体を預け、大神越しに撞球台を眺めなおした。一つボールを沈めるたびに振り返る大神の柔らかな視線に、先ほどの約束が繰り返し囁かれているようで、そのたびに自分を押さえるように腕に抱いたキューを握りなおす。

 ゲームが開始されてから心地よいくらいに響いていた、ボールの触れる音が突然消える。ほぼ同時に大神のため息が聞こえた。
 台上を見直すと、なかなか難しい場面。次に当てるべきボールの前に他のボールがあるのだ。それをうまく避けてもこの状態では、ポケットには入らない。
 何とかしようはあるのだが、多分、彼が使える突き方では不可能だろう。
「…降参ですか?隊長」
 この状況になって、やっと余裕を取り戻して、マリアが口を開いた。
「うーん。これはマリアに解決して貰った方がいいかなぁ」
 頼りなさそうな声を出しながら、大神が台のまわりを歩いて首をひねる。大神としては、この局面を乗り切る方法は、もっと難しい局面になるように失敗して、マリアのミスを狙うしかない。
 ゆっくりとキューの方向を定める。

「うわっ」
 その声が全てを物語っていた。
 大神がついたボールは確かに反則にはならなかった…が、よりにもよって他のボールの配置もかえ、マリアにとって最適な位置となってしまったのだ。
 突くべきボールと当てないとならないボール。その先には最終目的の9ボールとポケット。それが一直線にならんでいる。
 マリアじゃなくても、外しようがない。

 なのに負けが決定してる大神の方が、先ほどの落胆の声とは正反対に、穏やかな表情でマリアの方を見てるいるだけだ。
「このゲーム貰いましたよ」
「油断大敵だよ、マリア」
 勝利宣言とも言えるマリアの言葉にも、悪戯を仕掛けたように返すだけだ。
 撞球台に腰掛けた自分の、撓らせた背中を見つめる大神の視線を感じ、キューを構えた指先がわずかに疼く。

 その疼きに耐えられなくなって、大神の視線から逃れるように立ち上がり、台上を見つめ直す。
 50cm。その中にこのゲームを勝つ全てのものが入っている。
 後はただ練習のようにつけばいい。マリアだったら目をつぶっていたって勝てる。なのに、大神の視線だけでこんなに緊張するのは何故なのだろうか?
 昔は大金をかけた時にも、もっと危険なゲームに対してもこんなにも緊張したことはない。
 ブリッジをつくる指先の震えは更に酷くなって、大神に気が付かれないように早くついてしまいたくなった。
 この震えは自分の浅ましい気持ちから起きているものなのだから、決して悟られてはならない。
 その焦りが、簡単なショットを酷く難しいものに見せてしまっていた。

 カツン…コツ、コツ
 突いたマリアの耳にはボールがぶつかり合う音しか聞こえなかった。そのボールの動きも理解していなかった。
 音で全て解ってしまったから。9ボールがポケットに落ちる音が響かないことを。
 大神の姿を視界にうつさないように、ポケットを見直す。ポケットの縁、紙一重の処に9ボールが止まっていた。ほんの僅かだけ力が足りなかった。

「こ…こんな…」
呆然とするマリアを尻目に、大神が黙ってキューを構えた。ポケットまで数ミリを残すばかりとなった玉を、順番が変わった大神が余裕で沈める。
 カコーン…と、渇いた木の響きをたてて、勝負はついた。
「俺の勝ちだね」
大神が勝ち誇ったような笑顔を見せ、マリアの顔を覗きこんだ。
「そう、ですね…」
放心したように、玉の消えたポケットを見つめていたマリアが、つぶやいてうつむく。
「…いやなら、いいんだよ。真剣に約束してくれたわけじゃないなら…」
「いえ…!」
失望したような大神の声に、とっさに答えてしまう。そんなふうに言われては引き下がれなくなってしまった。
「約束は…約束ですから…」
自分に言い聞かせるように言って、マリアは静かに自分のキューをビリヤード台に置いた。

 それでも、 動揺を悟られないように平然を装って、自分で上着を脱ごうと、マリアはボタンに手をかけた。それを見た大神が、ドアまで歩いていって、ガチャリと鍵をかける。その音に、マリアの指がびくりとわなないた。一度ふるえた指はなかなかおさまらず、 どうにか上着は脱いだものの、ブラウスをたくしあげようとした手が、いたたまれずにこわばり、止まる。
「そこまで?」
からかうような声に、マリアが真っ赤になってうなだれるのを、大神が、黙ってその手をとり、そのまま台に押し倒した。

 マリアの花びらのような唇を貪りながら、果たせなかったマリアに代わり、大神がブラウスのすそをたくしあげ、頭を抜く。あらわにした豊かな胸に、大神の手がすべり、やわらかく包み込んだ。
「は…っ…」
息を飲み、反射的に抗おうとしたマリアの腕を、ブラウスが手枷になって阻む。必死に手を抜こうともがくものの、胸から襲ってくる甘い感覚に、マリアはどうにも力が入らなかった。
「綺麗な色だね、マリア…それに、すごくやわらかい…」
大神がじっと見下ろしながら、双丘を丁寧に揉みしだく。
「…もう、固いよ、ここ…。敏感なんだね、マリア」
説明するような冷静な声に、マリアはただ羞恥に耐えて震えるしかなかった。
「マリア、わざと負けたんじゃないのかい…?」
大神の言葉に、どきりとする。
「君ほどの人が、あんな簡単なショットを失敗するなんて…本当は俺に抱かれたかったんじゃないのかい?」
「ちっ、違います…っ!私は…そんな…」
慌てて否定しながら、自分で説得力を感じない。動揺したのは事実…それは、やはり大神の言葉を証明しているのではないのか。
「最後のショット、いつものマリアらしくなかったな…」
言いながら、大神がマリアの置いたキューを取り、その先でマリアの喉元から胸をなぞった。
「こう、体に余分な力が入ってて…」
マリアの体の上でキューを構える。怯えたようなマリアの顔を見て、大神が眼を細めて微笑み、キューを置いた。
「でも、どっちでもいいよ、マリア。…こうして君を抱けるんだから、俺は勝負した甲斐があったからね」
うなじに口づけながら囁く大神の声に、マリアは諦めたように眼を伏せた。

 その手と唇でひとしきりマリアの胸を愛でたあと、大神が耳もとに吐息を注ぎながら囁いた。
「次はどうしてほしい…?」
「どうって…あの…」
「マリアの、してほしいことをしてあげるよ。俺だけ楽しむのは悪いからね」
大神の唇が耳もとで動くだけで、マリアの肌を細波が走り、マリアは答えるどころではなかった。
「ちゃんと言ってくれないとわからないよ?」
そう言われても、マリアは羞恥で何も考えられず、困り果ててせつなげに眉を寄せた。
「そんな顔しないでくれよ、苛めてるわけじゃないんだよ」
大神のあやすような口調に、泣きそうになりながら、マリアはやはり何も答えることができなかった。
「…いいよ、じゃあ、俺に任せるんだね。…あとでいやだといってもやめてあげないよ?」
いたずらっぽく囁きながら、大神がベルトをはずし、下腹部に手を差し入れてくるのを、マリアは信じられない思いで身を固くして待ち受けた。
「あ…ああっ…!」 
指先が、敏感な部分に触れ、弾くように動くのに、マリアは思わず声をあげた。
「いや…隊ちょ…そこは…あ…っ」
「今頃言っても、もう遅いよ、マリア…」
身をよじって懇願するマリアのかすれた声を、大神の唇が、塞いだ。

「…サロンに誰か来たみたいだね」
打ち寄せる悦楽の波に、なかば朦朧としたマリアに、大神が注意をうながした。
 実際、頭の中の霞を縫って、ドアの向こうからかすかにアイリスやカンナの声が聞こえてきた。それでも途切れる事のない大神の愛撫に、マリアが必死に唇を結び、声を殺そうとする。
「俺、もっとマリアの声が聞きたいな…」
そんなマリアの意に反して、大神が空いたほうの手でマリアの唇をなぞるように開かせた。
「い、いけません…っ、サロンに人がいるのに…」
「聞こえるかどうか試してみるかい?鍵はかけてあるから気がついても誰も入ってこれないよ」
大神の言葉に耳を疑うマリアの、体のさらに奥深くに、指先が侵入した。
「あ…んんっ…!」
こらえようともがくマリアの手が、ようやくブラウスから抜けた。咄嗟に口元に手をやり、マリアは声を抑えるために指の背をきつく噛み締めた。
「んっ…む…」
 マリアが精一杯の抵抗でそうしているのを、大神はだまって見つめながら、指先を動かしつづけた。マリアの背中が弓なりに反り返り、床を離れた足先が、ひりひりとふるえて宙を掻く。
 ふいに、大神が手を延ばし、マリアの口元から指先をもぎ離した。
「ああ、こんなにして…かわいそうに。痛かっただろう?」
いたわるように言いながら、噛んで血の滲んだ白い指を、大神が口に含み、ぬるりと舐めあげた。その感触が、繊細な指先の神経を震撼させ、腕を這いのぼって、マリアの胸を締めつける。
「手、俺が押さえててあげるよ。もう噛まないようにね…」
大神が、マリアの両の手首を片手でたやすく押さえつけ、再び胸の上に顔を伏せた。
「だめ…あ…あっ…許して…もう…」
マリアの喉から、悲鳴のような声が漏れた。びくん、びくんと体が大きく跳ねあがるたびに、マリアのそばの色とりどりの玉が弾かれ、緑色の平面を転がっていった。

 体の中心から溶けていくような快感とともに、不自然に背中を曲げた姿勢と、撞球台の段差がマリアを苦しめていた。
「た、隊長…あの…背中が…痛くて…っ」
それでもずっと我慢していたマリアが、ついにこらえきれなくなり、切れ切れに訴えた。
「我慢するんだよ…君が承諾したんだよ。ここでって事をね」
かまわずのしかかる大神の重さに、マリアは呻いた。
「…そんなに痛いなら俺の上に乗ってもいいよ」
「ええっ…?!」
大神の提案に、喘いでいたマリアが顎然と眼を見開いた。
「我慢するなら下、出来ないなら上。どうする?マリア」
自分が上になったら、大神がこんどは痛い思いをすることになるではないか。ましてや、想像しただけでマリアには耐え難い光景だった。
「俺は君の望むとおりにするよ」
やさしく大神に言われて、マリアは唇を噛んで顔を背けた。
「それは…あの…いえ、我慢します。すみません…」
消え入るような声で、マリアが答えた。
「判った、下だね。でも大丈夫。すぐに痛みなんか忘れるさ」
大神がにっこりと微笑んで、マリアの脚を押し開いた。
 脚の間に、探るような異物を感じ、マリアは喉元から心臓が競り上がってくるようだった。
「いいかい…?いくよ、マリア…」
緊張のあまり、耳鳴がして、大神の声が遠く聞こえた。

「じゃあ、あたいがとってくるよ」
カンナの声がしたその直後に、遊技室のドアノブがガチャガチャと音をたてた。
 二人とも、弾かれたように身を震わせた。
「あれ?固いなこのドア。壊れてんじゃ…ねえかっ」
カンナが焦れたようにがたがたとドアを揺さぶり、蝶番が軋む。
「このっ…でえいっ!」
ガチン、と硬い音をたてて鍵が壊れ、ドアが開いた。
「ふう…、あれ?隊長にマリア、いたのかい?」
カンナの眼に、あらぬ方向を見やってどことなく腰のひけた大神と、背中を向けてなにやらごそごそしているマリアが映った。
「あ、ああ、カンナ、ビリヤードしてたんだよ、二人で」
大神がつくったような笑いを浮かべながら答える。
「ふうん…、あ、そうだ、そこの棚からトランプとってくれよ。これからみんなでサロンで大貧民やるんだ。いっしょにやろうぜ」
「ああ、いいね、やろうか」
「そ、そうですね、いきましょう隊長」
渇いた声を交わし、熱くなった体の内側を必死になだめながら、マリアはほっとしたような残念なような、複雑な気分に悩んでいた。
 その時、大神の手がふっとマリアの腰に延びた。かけ違えたスーツのボタンを直してやりながら、カンナに気づかれないように囁く。
「続きは…今夜にね、マリア」





《了》


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