煩悩・新編八犬伝  紫月


♪ベベベンベンベンベン・・・・・ベンベンベンベン ベベン

ベベンは三味の擬音にて 決して漢字の便じゃない
わかった所で始めます 私ベン士の雲国斎 くどいようだが臭わない

♪べベン

祭りの賑わい切り裂いた、定包配下の同心を、旦開野(あさけの)見事に討ち払う。
『おのれ女の分際で、ただの田楽師ではあるまいな!?』
と吠える同心、これに旦開野、身を翻して答えます。
『我は犬坂政則が忘れ形見、犬坂毛野胤智(たねとも)なり! 御主らに怨みはあらねど、定包に汲みするならば容赦せぬ。いざ! いざ! いざいざいざいざぁっ! 参られいっ!!』
田楽羽織に隠したる、緋色の帷子輝かせ、毛野がひらりと舞を舞う。
どうと倒れる仲間の姿、同心頭が色めいた。
『犬坂と言いし其の方は、山下様から伺いし、里見が犬の一匹(いちひち)か!』
下がれ合わすな歯向かうな、我らの敵う相手にあらず。
言い捨て逃げ去る同心達を、毛野がすぐさま追いかける。
山下憎しの言葉と共に、逃がしてなるかと追っていく。
様子を見ていた小文吾も、毛野の言葉にすわ兄弟かと、後を追おうといたします。
しかし茶屋にて傍観す、青き衣の修験者が、ついと前にて立ち塞ぐ。
小文吾『どけ』と言いますが、印を結びて術をかけ、『祭りじゃ踊れ』と笑い去る。
哀れ小文吾踊ります、『ぽんぽこ・ちん』と踊ります。
誰ぞ止めてはくれまいか、誰でもいいから止めてくれ、お団子五皿付けるから。
涙混じりに哀願す、彼の声にて幕が開く。
大人の宴の幕が開く。
さては煩悩・八犬伝、これより先にて始まります。

♪ベベン


 近くに兄弟の気配を感じ、周辺を捜索していた荘介と角太郎が先ほどの祭りの場に戻ってみると、残っていた小文吾が世にも珍妙な踊りを踊っていた。
「・・・・ど、どうした、小文吾」
「どうしたもこうしたも・・・・」
本人もその珍妙さに羞恥を覚えてはいるのだが、己の自由に任せぬ体の動きにはどうしようもないらしく、悔しさと情けなさが混ざり合った顔をしている。
「いや、青い衣の修験者に変な術かけられてしまってなぁ・・・ぽんぽこ・ちん・・・いけねっ」
「何? 青い衣の修験者だと? その者はどちらに行った!?」
「右手だ。まだそれほど時間は経っていない。だが荘介、あの修験者に何か心当たりがあるのか? ぽんぽこ・ちん・・・くそうっ、止らねぇ!」
 荘介は小文吾の動きを無視しながら軽く頷き、二人と合流する以前、怪しき火遁の術を使う青い衣の修験者について、調べていた事をかいつまんで説明した。
「きょ、兄弟の可能性があるだと? だけどよぉ、あいつは何かいけねぇ気が・・・だってよう、俺にこんな事させんだぜ? ぽんぽこ・・・って勘弁してくれよお・・・・ちん。・・・・ぐっ」
小文吾の意見と悲鳴には耳を貸さずに、修験者が姿を消したという右手、つまり大川へと続く道を凝視しする荘介。
もちろん確証は無い。
だが不思議な力を操る修験者が兄弟である可能性も否定しきれない。
これまでその修験者について、もしやと思い続けていただけに、この機を逃してはならないと誰かに囁かれているような気分になった。
「先を急ぐ。角太郎、後は任せた!」
「ええっ!?」
荘介は踊り続ける小文吾と、その横でおろおろとしている角太郎に向ってそう言うと、急いで大川の方に向けて走り出した。
「あ! おい、何とかしてくれよぉ! ぽんぽこ・ちん・・・・うがぁぁぁぁっ!」
「そ、荘介ぇっ!」
一つ間が開いてしまった小文吾と角太郎の声が祭り場に響いた時、すでに荘介の姿は見えなくなっていた。


 祭り場から右手を進むと、古い蔵の立ち並ぶ場所に出た。
右手には大川へと繋がる運河があり、朽ちかけた小さな桟橋がいくつか並んでいる。
人通りは無いが、運河に沿って立ち並ぶ柳の木や蔵、火消し水を入れた桶が並んでいる為、人一人隠れるには訳は無い。
 荘介は、ほのかに輝き始めた懐の玉を頼りに、足早に蔵通りを歩き始めた。
「いない・・・・まだ遠くには行っていないはずだが」
そうつぶやきながら、周囲を油断無く見るが、青い衣の修験者の姿は見当たらない。
ただの町人ならばいざ知らず、修験者のような目立つ格好を見失うはずがないと、荘介は自分に言い聞かせる。
「どこだ・・・」
玉の輝きがいよいよ増し、近くにいる事がわかるだけに、焦りだけが強くなっていく。
 行き過ぎたかもしれないと、もう一度もと来た所を捜そうと荘介が振り向いた時、低い声が背後から聞こえた。
「私に何か用かな?」
「!」
その声にはっとして振り向こうとするが、不思議な事に体がいう事を聞かない。
まるで背後の相手に動きを封じられてしまったかのようである。
「何をした!」
「御主の体から、異様とも言うべき気が湧き出ていたのでな、念の為に、体の自由を一時的に奪わせてもらった」
「・・・我が名は犬川荘介義任(よしとう)。御主に聞きたい事がある」
「犬川・・・? そうか、山下が捜しているという、里見が犬の一匹か。くくっ、面白い、面白いぞ!」
いきなり低く笑い始めた修験者の声が、不気味に蔵通りに響く。
「荘介とやら、もう体は自由になっていようが、無駄な事はせぬがよかろう。我が杓丈が御主の首を狙っておる。その細い首を砕くなど造作も無いぞ」
「では、どうしろと?」
「・・・そうだな。まずは振り向かずに、その先にある舟に乗ってもらおうか」
 荘介が無駄な抵抗をしないと見ると、修験者姿の男、犬山道節は満足気に微笑し、近くの桟橋に泊めてある舟に乗るよう指示した。
その舟には、ボロを着た汚れた風の船頭が低い姿勢で待機している。
荘介は自らの失敗を悔やんだが、未だ輝きを失わない懐の玉を見て、しばし流れに乗ってみる事にした。
 浮かんでいるのが不思議なほどに傷んでいる小舟に荘介が先に乗り、道節、船頭の順で乗り込む。
「?」
船頭の横を通る時、荘介はふと、不似合いな匂いを嗅いだような気がした。
(これは・・・白粉の匂いか? ・・・・まさかな)
振り向く事を禁じられているのでこれ以上の確認は無理なのだが、船頭を含めた場の違和感に、今更ながらに鳥肌が立つ。
「親父、南へ頼む」
道節の指示に無言で従い、ゆっくりと船頭は魯を漕ぎ出す。
ぎぃし・・・ぎぃし・・・という規則正しい音と共に運河を出、流れの緩やかな大川へと入ると、道節は印を結び何事か唱え始める。
すると川面から靄が立ち上り始め、あっという間に川岸まで濃い靄に包まれてしまった。
「・・・なんと」
突然の変異に、荘介が驚きの声を上げる。
「水を使役するのは本来『水遁』だが、何事も応用次第。『火遁』を用いても霞くらいはわけは無い」
自慢気に高説を垂れる道節の背後で、船頭の肩が「くく」と震えている。
まるで彼の話を馬鹿にするかのように。
それに気付かず、先ほど荘介が自分に向けて何か問おうとしていた事について尋ねてみる。
「さきほど、私に聞きたい事があると言っていたな。犬川荘介」
「・・・・御主は、文字の浮き出る玉を持ってはいまいか」
「知らぬな、そんな玉」
自分の問いを鼻先で受け流される事は、予測の中に入っていた。
続けて自分がどこへ運ばれようとしているのか、また思惑がどの辺りにあるのかを遠回しに聞いてみるが、やはり真っ当な答えは返ってこなかった。
それどころか道節は問いを無視し、まったく関係の無い話題に持ち込んでしまう。
「三途の川の手前には、死人を選別する秦公王がいる。良き行いをした者には瀟洒な橋を渡らせ、悪しき行いをした者には、その罪と釣り合いの取れた深さを対岸まで泳がせる。もちろんただの川ではない。人肉を好んで食べる鬼魚が、死人の肉を啄ばみに来るのだ」
「何の話だ」
「地獄は三途より始まる。御主は今、船で川を渡っている。果たして、ふふ、地獄か極楽か、どちらへ行くのだろうな?」
「・・・・楽しそうだな。だが、どちらかと言えば、この状況は高瀬舟のそれではないのか?」
自分の軽口に対し、死刑囚を運ぶ舟の例えで返してきた荘介に、道節は思わず目を丸くした。
そして一呼吸の後、とても愉快そうに笑い出した。
「ふっ・・・・くっくっくっく・・・あーっはははははは」
「・・・・」
「高瀬舟か、こいつは一本取られた。・・・と、言いたいところだが、私は別に御主の命を取ろうなどとは思うておらぬ。その点については安心するがいい」
未だ含み笑いの消えぬ道節にそう言われても、素直に信じられるものではない。
荘介は眉間に皺を寄せたまま、靄で濁った川面を眺めていた。


 あの世の例え話をしている間に、舟は人気の無い雑木が並ぶ岸に、静かに着いた。
「降りろ」
道節は荘介にそう指示し、船頭に銭を渡して帰らせる。
 舟が見えなくなった頃、道節はそのまま真っ直ぐに歩き出すように命じた。
荘介はそれに黙って従いながら、もう一度同じ質問を背後の道節に投げかけてみる。
「今一度問う。文字の浮き出る玉を、おぬしは持ってはいないか」
「先ほどからおかしな事を。文字の浮き出る玉だと?」
「そうだ。我が兄弟が近くにある時、眩いばかりの光を放つ。我らの心を映す玉だ」
そこまで話を聞いた時、ふいに道節はやや大げさに笑い出した。
「何が可笑しい」
「これが笑わずにいられるか。心を映す玉だと? 兄弟が傍にあると光るだと? いかさまな!」
「いかさまではない!」
そう叫んで振り返り、懐から「義」の玉を取り出すと、何かに反応しているのか、玉は無垢な光を発して輝いていた。
「これは、伏姫様と金碗様が心の結晶、そのひとかけらだ。御主も持っているはず。でなければ、この輝きの説明がつかぬ!」
「だからいかさまだと言っている!」
杓丈で強く地を突き、ほんの少し怒りを表した道節は、やや苦い表情で吐き捨てるように続けた。
「里見の教えは世に合わぬ夢幻よ! 愛だ? 忠義だ? 礼節だ? そんなものが今の世のどこに通用するか!」
「やはり・・・」
語るに落ちた訳では無いのだろうが、道節から発せられた言葉から、荘介は彼も兄弟の一人であると確信した。
一方道節は、感情に乗せる形で自らの正体を明かしてしまった事に、言い様の無い不快感を感じていた。そしてそれは、道節が日頃抑えている獣性を、解き放つきっかけとなった。
「我らが諦めてどうする! 我らが諦めれば、それこそ定包の思う壺、玉梓の思惑通りではないか!」
「絵空事を! この世は力よ。闇を討つは力なり! 愛などという実態無き幻にあらず! 決して! それが証拠に、愛を説いた里見の城はこの世に既に無く、ただあるは定包が闇の城のみ!」
「・・・・・・」
一つため息をついた後、荘介左手を静かに腰の剣へと伸ばし、親指に力を入れた。
「ほう、鯉口を切ったか・・・だが御主に、この私が斬れるか?」
荘介から発せられる殺気を感じ取った道節は、薄笑いを浮かべたまま、わずかに後ずさって間合いを取る。
「兄弟の為ならば。・・・・だが、私が斬るは御主の肉にあらず、心なりっ!」
静かにそう言い放ち、荘介はついに刀を抜いた。
その姿を満足げに見やりながら、道節は杓丈を振り上げる。
「ふっ・・・それもまた面白かろう。・・・・・参られいっ!」
にいっと笑う道節に挑発されるように、荘介は素速く腰を落とす。
「いざっ!!」
その言葉と共に、およそ常人では対応不可能な速さの斬撃が繰り出された。

  キンッ・・・・・・

「なっ!?」
「甘いな。犬川荘介」
道節は薄笑いを浮かべたまま荘介の一撃を受け止めていた。
それも、杓丈の先端でもって受け止めたのである。
もちろんほんのわずかでも外れれば、そのまま互いに無事では済まない。
だが、荘介の刃の向きが逆だとわかると、道節は怒りを露にして合わせを解く。
「腰抜けに定包は斬れぬ・・・刃を反せ愚か者っ!」
「刃は肉を斬るもの、心は斬れぬ。私が今斬らんとするは御主が心なり。故に今、刃は必要にあらず!」
「戯言をっ!」
道節は修羅の如き形相で杓丈を振るい、荘介に躍りかかる。
ぶうん、と風を切る杓丈を寸での所でかわし、同時に右ひざに込めた力を解放して道節の胴を薙ごうとするが、その一撃は再び杓丈によって止められた。
「刃が正しければ、杓丈ごと私を斬れたものを・・・うつけがっ!」
言い様合わせを解き、荘介が防御するより速く、杓丈で強かに胸を叩く。
その勢いに後方に弾き飛ばされるが、何とか姿勢を崩さずに済んだ。
「ぐっ・・・・・ふぅ・・・」
一瞬止まりそうになった息を頭を振って取り戻し、正眼の構えを取って切っ先を向けると、それを待っていたかのように道節は杓丈を振り上げる。
そして再び、二人は討ち合いを始めた。
喉などの急所を容赦なく突いてくる道節に対し、荘介はまだ峰討ち狙いのまま、刃を相手に向けようとはしない。
(頑固な奴だ)
荘介の一途さを強情と見る道節は、嫌でも刃を反したくなるように攻撃の手を緩めない。
だがそうはいっても、道節の攻撃は本気で命を奪おうとするものではなく、むしろ相手を精神的に追い詰める事を目的としているように見える。
それが証拠に、荘介の反応が一瞬遅れた時も、それに合わせて攻撃の手を緩めている。
(あ、遊ばれている)
荘介が道節の動きからそう感じた時、足元にあったわずかな窪みに足を取られて転倒してしまった。
「うあっ」
道節はすかさず倒れた荘介の胸を踏み付け、同時に杓丈で刀を弾き飛ばす。
武器を奪われ、胸を強く圧迫された為に、荘介は抵抗をする事ができず、呼吸を保つのが精一杯となってしまった。
そしてそこに容赦の無い嘲笑が降り注いだ。
「無様なり! 笑止なり! そのような腕で定包と対峙するだと? 一体全体、どの面下げて言うのやら・・・・わははははははははは」
「くっ・・・・」
両手で道節の足を締め上げ、何とかどかせようともがくが、その度に道節は足に力を入れる。
胸の骨がみしりと軋み、鼓動までも不規則になって行くような感じがして、少しずつ意識が遠のく荘介。
同じ玉を持つ兄弟を、足に込める力のみで支配する快感に酔い始めていた道節だったが、彼をこの場所まで連れてきた目的を思い出し、楽しみを切り上げる事にした。
「さて、いつまでもこうして遊んでいる訳にもいかぬ。事を済まさせてもらうぞ」
そう言うと荘介を踏み付けていた足にさらに力を込めていく。
「がっ!」
心臓と肺を圧迫され、今まで感じたことの無い痛み、痺れ、めまいを感じ、体中の血が逆流するような強烈な苦痛が体の中を駆け巡っていく。
「ぐはっ・・・がぁっ・・・・」
「心配するな殺しはせん。御主には、目的を果たす為に役立ってもらわねばならぬ」
「いったい、誰なの・・・だ、御主・・・は・・・・」
「犬山道節忠與(ただとも)。それが私の名だ」
「いぬ・・・や・・・ま・・・・!」
道節の名を聞き、兄弟、つまり八犬士の一人であるとの確証を得た荘介の瞳は大きく見開かれた。
だが次の瞬間、その意識は、暗い闇の中へと消え去っていった。


 荘介が意識を取り戻したのは、道節に倒されてから四半時ほど経った頃であった。
薄暗く、粗末な小屋の天井が見えるところから、気を失っている間に道節によって運ばれたという事を理解した。
 まだ少しぼんやりしている頭を振り、起き上がろうとするが、自由に体が動かない。
首をめぐらして見てみると、一糸まとわぬ姿で両手両足を広げて古畳に横たわり、四肢は金属の輪によって戒められていた。
まるで屠殺を待つ家畜のような格好に、羞恥を感じてもがいていると、低く静かな声が耳に入った。
道節である。
「無駄だ。その輪は我が法力によって戒められておる。例え三国一の力持ちとて外す事などかなわぬ」
「なぜ・・・このような真似を・・・・」
「私は自分の目的を果たす為にのみ動く。それだけだ」
そう言うと道節は、荘介の腿から胸にかけて、さわさわとなで始めた。
「何をする・・・つもりだ・・・」
その問いに答えず、男にしてはやや膨らみのある胸の先端をつまむ。
「ふっ・・・・う・・・」
先ほどの戦いで弱っているものの、荘介は道節の動きに過不足の無い反応を示した。
その様子を、相変わらず薄笑いを浮かべながら見ていた道節は、荘介の両の太腿を掴み、ゆっくりと開く。
「よ、よせ・・・・」
「やはり御主も同じか。くっくっくっ・・・果たして、これは玉梓が呪いか、はたまた伏姫と金碗大輔の心残りか・・・いずれにせよ、私にとっては都合良い」
そう言って荘介の陰茎を持ち上げると、その下には本来あるべきではない陰唇があった。
荘介は半陰陽であったのだ。
「やめろ・・・」
「恥じ入る事はないぞ荘介。全ての兄弟を確かめたわけではないが、我ら犬士は皆このような体に生まれついておる。それを悪しきと言うは常人の事だ。犬畜生と呼ばば呼べ、所詮些細な事だ」
道節はそのまま、荘介の上に覆い被さってゆく。
「やめ・・・やめろぉっ!!」
衰弱した体からは想像もつかない程の叫び声に、一瞬道節の動きが止まる。
目を見開き、細かく痙攣する荘介の異様さを見て、道節は彼について調べた時の事を思い出した。
「どうした。奴僕として辱められていた時分を思い出したか、荘介よ」
「・・・御主に・・・何が・・・・わかる・・・」
激しい憎しみの瞳で道節を射抜き、体全体を強張らせて彼を拒絶する。
だが、それにさえもひるまず、道節は荘介の首筋に唇を這わせていく。
「知っておるぞ荘介。御主が大塚蟇六の奴僕であった時、肉欲の試し事を、奴から夜毎に受けていた事を」
ゆっくりと首筋を舐めながら、左手で薄い胸をまさぐっていく道節。
「そこでかなりの体にされたのだろう? がさつな私の手にさえ、しっとりとした肌が馴染んでゆくぞ」
「御主に・・・何がわかる・・・・!」
荘介は、道節が触れている場所から沸き起こる眠っていた感覚を否定する為に、強く唇を噛んで耐えている。
「わかるとも。男と女の肉の喜びを、その時に知ったのであろうが」
「違う!」
「違うものか。違うのであれば、私の行いに反応している己の体をどう説明するか」
「違うっ・・・・」
そう言うのと同時に、かろうじて自由になる首を巡らして道節の顔に噛み付こうとするが、予測されていたのかあっさりとかわされてしまう。
「甘いな荘介。別の意味でもな」
道節は荘介の両の胸を掴み、かつ先端を指で挟んで揉み始めた。
「御主はまだましだ。肌を合わせる喜びを知っておる。・・・私にはそれが無い」
「・・・?」
自嘲だけではない、何か不思議な感情が混ざっているような感じを受け、荘介は訝しげに道節を見る。
「私は今まで、一度たりとも肉の喜びを感じたことは無い。微塵にもだ。ただ相手を組み伏せ、自分の好きにする征服感を知っているに過ぎぬ。御主は肉の絶頂を知っていようが・・・私は、心すら絶頂には至らぬ・・・その意味では、御主を憎いとも思う」
「・・・・・」
「だが今は、御主に絶頂を味わってもらわねばならぬ。我が目的の為に」
そう言うと、いきなり手に力を込め、荘介の両の胸を絞り上げた。
「うあぁっ」
突然の痛みに荘介は顔をしかめるが、道節はそれに構わず蹂躙していく。
 この暴力的な、愛撫とは程遠い行いに、荘介は大塚蟇六が一度だけ、自分を荒々しく抱いた夜の事を思い出していた。
今もって理由はわからないが、何かに怯えるように荘介をむさぼり、何かから一時でも逃れようとしていたあの姿と、今の道節の姿が一瞬重なって見えた。
(道節は何かに怯えている・・・何にだ?)
体の上を行き来する嵐に耐えながら、道節の心の内を探ろうとするが、彼の強引な愛撫に反応し始めたのか、次第に考えがまとまらなくなっていく。
「ふぁ・・っ」
 突然強い刺激を体の中心部に感じ、荘介の物思いは中断を余儀なくされた。
道節の舌が荘介の細い陰茎を舐り、同時に指が陰唇をえぐる。
「く・・・ふぁ・・・ぐぅ・・・・」
陰茎と陰唇との間を道節の舌が移動する度に、荘介の体は何かに弾かれたようにビクンと震え、不自由ながら背中が弓のように反る。
その様子を楽しげに観察しながら、さらに激しい刺激を与える道節。
「やはり思った通りだ。御主の気の流れは素晴らしい・・・」
「な・・・なに・・・ふぁぁっ!」
「大した事ではない。御主の気を、わずかばかり頂戴するだけだ」
「・・・・気?」
「まだ加減が出来ぬ故、体中の気を根こそぎ奪ってしまうかもしれんがな。くっくっくっ」
両手で胸や腹を撫で、口で陰部を弄っていく道節の動きに、荘介は最早快感を抑えられなくなっていた。
そして、男の部分がにわかに騒ぎ出し、熱い塊が腰を駆け抜けようとしたその時、道節は荘介の陰茎を万力のように捻り上げた。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
絶頂を迎えかけていた陰茎を締め上げられた荘介が、人外の叫びを上げて意識を失いかける。
「うつけがっ! 表に気を放ってどうするか!」
その声を遠くで聞いていた荘介だったが、頬を強く叩かれて意識を取り戻した。
相手の反応の速さに、あまり時間をかけられないと判断した道節は、裾をはだけて荘介の腰の上に跨る。
「何を・・・」
「御主の気は、私の中に放ってこそ意味がある。無駄にされてたまるものか」
「無駄・・・?」
荘介は、強気を通している道節の言葉と態度に、また違和感を感じた。
先ほどまでの完璧ともいえる自信に、わずかな翳りの見える道節だったが、事の主導権はしっかりと握っている。
そこに違和感があった。
わずかに萎みかけた荘介の男を刺激し、再び元の硬さに戻すと同時に、自分の陰唇に手を伸ばして刺激を与えている。だが、先ほど彼自身が言ったように性的な興奮は無いようで、道節の顔はどこか醒めたままになっている。
「・・・うつけは私の方かもしれん。御主を迎え入れる為の準備は出来たものの、相変わらず快い感覚は無い。どんなに刺激をしても感じぬ私と、意に反して好いてもいない相手にも反応してしまう御主と、一体どちらが幸せなのだろうな?」
「簡単だ・・・どちらも・・・不幸であることに・・・変わりはない・・・」
「どちらも不幸か。くっくっくっ、それもまた、我らには似合いだろうよ」
低く笑いながら、道節はゆっくりと荘介を体の中に迎え入れていく。
「うう・・・」
心で否定しながらも、暖かく滑った柔肉に囲まれる快感は防ぎようが無い。荘介がどんなに気を削ごうとしても、男の器官は喜びを感受してしまう。
「うああ・・・くぅ・・・」
一方道節は、先ほどの言葉を裏付けるように、快楽による乱れは何一つ見せていない。
息が多少乱れてはいるが、それは荘介を絶頂に導く為に動いているからで、その証拠に道節の目は氷のように醒め切っていた。
今自分の体の中に彼の陰茎がある事を感じてはいるが、口の中を飴が行き来する時と変わらぬ感覚しかない。
ただ徐々に、荘介の気が高まりつつあるという事はわかっているようだ。
自分の体の下で、否定しがたい快楽に身悶えている荘介を見ているうちに、道節はだんだんと不快な気持ちになっていった。
「ふん、口ではああ言っていた割に、ずいぶんと素直に反応するではないか。ええ?」
「ああ・・・あぁぁぁ・・・くっ」
「聞こえていないのか? 否定くらいしてみせたらどうだ。それとも、最早そのような気概は消え失せたか?」
問いかけてはみるものの、その問いの最中にも加え続けられている快楽によって、荘介には答えるだけの余裕が無い。
ただひたすらに喘ぎ、悶えるだけだ。
それが、道節の心の闇に火を付けてしまった。
「答えぬか。・・・ならば、喉笛など必要あるまい」
そう言うと道節は、荘介の肩に置いていた手を滑らせ、その細い首を両手で絞め上げ始めた。
「ぐぅ・・・ぁぁぁぁ・・・かぁぁっ・・・・」
自分の喉を締め付ける手を外そうと何度も首を振ってみるが、その程度の事では外れる訳も無い。
両手を戒めている金属の輪を解こうとしても、手首に内出血を増やすばかりでビクともしない。
荘介は、動かせぬ両手から再び道節の顔に目を移して、ぞっとした気持ちになった。
なぜなら彼の目は、征服する喜びに酔っているせいか、地獄の鬼でさえ怯むのではないかと思われるほどの、薄気味の悪い笑いに満ちていたのである。
「ぁぁ・・がはぁ・・・ぅぅぅ」
首を絞めげられ、呼吸をするのにも困難になってきたのにも関わらず、荘介は再び腰の辺りに熱い気の塊が集まり始めているのを感じた。
呼吸と血の巡りを妨げられる苦痛と、体の中心に沸き起こる快楽。
相反する感覚に、いつしか荘介も酔い始めている。
それを見て取った道節は、前後に、左右に腰を動かして翻弄する。
「いいぞ荘介。もっともっと気を集中させろ、気を熱くたぎらせろ。・・・・考えが変わった! 御主の気の全て、この道節が貰い受ける!」
「ぐ・・・あああぁぁぁ・・・」
興奮した道節は、さらに強い力で荘介の首を絞め上げる。
とうとう呼吸するのがやっとという状態になったのか、荘介の口からは甘い吐息の替わりに「ひゅー、ひゅー」という笛のような音だけが漏れるようになった。
(このままでは・・・殺される・・・)
意識が遠のきかけた時、「頃合だな」という言葉と共に道節は首から手を離し、一気に腰の動きを速めた。
呼吸が楽になったのと同時に、強烈な刺激にさらされた荘介は、自制する余裕も無く、もの凄い勢いで高みに昇りつめていく。
「あああっ、ああああ、ふっ・・ああああああああ!」
「いいぞ荘介! さあ放て! 己の全てを放つがいい!」
「うあっ・・・・くぅっ!」
荘介は道節を乗せたまま体を反らし、勢いよく絶頂に達した。
同時に熱い迸りが道節の中に爆発するようにぶちまけられる。
「ふっ・・・ううっ・・・」
その熱さに一瞬身震いをする道節。
 だが、本当の意味での放出はその直後であった。
肉の迸りにわずかに遅れて、荘介の中で高められていた気が、陰茎を通して道節の体内へと一気に吸い出されたのである。
「ぎぃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
久しく忘れていた肉の絶頂に酔う間もなく、荘介は全身が粉々に分解してしまうのではないかと思われるほどの激痛に、獣のような叫び声を上げた。
目を剥き、歯を食いしばり、涙とよだれを垂れ流し、体中をひくつかせて苦しんでいる荘介。
その荘介の中心にどっかと腰を下ろしている道節は、対照的に恍惚とした表情を浮かべていた。
「素晴らしい・・・・素晴らしい気だ・・・。これ程までに純粋で、力のある気はそうは無いぞ!」
自分に流れ込んだ気の上質さに道節は酔っていたが、心の片隅では、それでも肉の快楽とは無縁であった事に少なからぬ落胆を感じてもいた。
だがとにかく、求めていた気を手に入れた道節は、満足気に笑いながら荘介の体から離れる。
萎んでしまった陰茎が抜かれると、荘介の放った精液がどろりと足の内側を伝って流れ出す。
それを紙で拭き取って居住まいを正し、未だ体を引き裂かれたかのような苦痛に苦しんでいる荘介の戒めを解いた。
 体が自由になった荘介は、腕と足を抱えるようにして丸くなり、がくがくと体を震わせている。
瞳は涙と共に呆然と見開かれ、食いしばっている口からは、相変わらずよだれが流れ出している。
その姿は、精神が崩壊している者のそれに似ていた。
道節は震える荘介のあごを掴み、自分の方を向けさせてこう言った。
「少しやり過ぎたか・・・。まあいい。一日も経てば動ける程度には回復する。それまでここで大人しくしているがいい」
強い憎悪を込めた目で見返されたにも関わらず、道節の傲慢な態度は変わらない。
「そして御主が動けるようになった頃には、私が定包の首を上げているだろう。どの道御主らは足手まといだ。足止めをする手間も省け、一石二鳥と言ったところか。くっくっくっくっ」
「おまえの・・・おもい・・・どおりになんて・・・・いくもの・・・か・・・」
「行くさ。その為に御主の気を頂戴したのだからな。まぁ見ているがいい」
不適な笑いを浮かべた道節は、ボロボロの状態になっている荘介をそのままにして、意気揚々と小屋を出た。

 夕焼けの赤い光の中を川原に向かって歩いていくと、先ほど二人を運んだ舟が船頭と共に戻ってきたところであった。
「良い頃合だ。流石だな」
「ふっ」
道節の言葉を、船頭は鼻先で笑い捨てる。
そして腰を伸ばし、まとっていたボロ着を脱ぎ捨てると、船頭は緋色の帷子をまとった犬坂毛野へと変わった。
荘介が嗅いだ白粉の匂い。それは毛野自身の匂いであったのだ。
「首尾は・・・と、聞くまでもないか」
抑揚の無い冷めた声で毛野が尋ねると、道節は含み笑いをしながらそれに答える。
「荘介のおかげで良い気が手に入った。これで定包が百足と伍して戦う事が出来るぞ」
「そうか。こちらも定包配下の者達に、犬士が近々江戸屋敷を襲うと流布してきた。これが図に当たれば、城の手勢もいくらかは減るだろう」
「それにしても・・・咄嗟とはいえ、よくもこのような策を考えたものだ」
道節は小屋と毛野を見比べ、皮肉たっぷりの笑いを浮かべる。
「そこまでにしておけ。その笑い、不快極まる」
毛野は吐き捨てるようにそう言うと、再び舟の方に向かう。
「今日は目立ち過ぎた。夜陰に紛れて移動するとしよう」
舟を大川の方に蹴り出し、処分を済ませた毛野が振り返ると、道節が荒縄を持って笑っていた。
「何の真似だ、道節」
刀に手をかけて牽制して見せるが、道節の態度は変わらない。
「簡単な話だ。ただ城に討ち入るのでは芸が無いのでな。御主を捕らえたと定包に取り入り・・・」
「油断させてそこを討つ、か? 御主のようなうつけでも、それなりの策は考える訳か。まぁ、正面から攻め入る愚を犯そうとしないだけ、ましではあるが・・・」
毛野は肩をすくめてその案に同意したが、今すぐ縄で縛られるのは拒否した。
「私が信用できぬのか?」
「少なくともムジナの方が親しみが持てる。目くその取れぬ御主よりは、な?」
「もしや、私がこのまま動きの取れぬ御主を、抱くとでも思うのか?」
「あっははははははは! 御主ではこの毛野を抱ききれまい! ましてや悦楽を得られぬ体で何を言うか」
「くっ・・・・」
道節にとって、一番触れられたくない事を、毛野は突いてくる。
毛野は知っているのだ。道節が一番燃える言葉が何かを。
兆発にまんまと乗せられてしまった道節の目に、先ほどと同じ、妖しい輝きが生まれ始めている。
それを見て取った毛野は、最後の駄目押しに出た。
「それに・・・・荘介が気を、私が奪うやも知れぬぞ? 私のホトは常人のそれでは無い。いかに不感の御主とて、放てずに耐えられるかどうか・・・あははははははは」
艶然と笑う毛野の喉を見ながら、道節は自分が乗せられてしまった事をようやく自覚した。
だが、ここまで堀を埋められてしまっては、もう後には引けない。
「・・・ふっ、それもまた一興」
額にじんわりと汗をかきながら、やや引きつった笑いを浮かべて毛野の言葉を受ける。
彼の性格上、最早逃げ道は無くなっていた。
道節が心の片隅で畏怖している緋色の者は、「ほんに、うつけよ」と舌なめずりをして彼の選択に歓迎の意を示し、何事か唄い始めた。

   今宵の闇は緋色の闇ぞ  緋とは即ち血潮が色よ
   舌に甘いか辛きに刺すか 落つる陽さえも鮮やかに
   落つる我らも鮮やかに  染まりたるるは緋の色よ

「まるで私の血を飲み乾したいかのようだな、毛野」
「即興故に、お目こぼしあれ」
ますます顔が引きつる道節の様子に、早くも酔い始める毛野であった。


 一方、小屋に裸のまま残された荘介は、少し動くたびに全身に走る苦痛に苦しみながら、何とか着物をまとおうともがいていた。
体中の気をごっそりと持っていかれた為に、わずかに動かすだけ手激痛が走り、思わず息が止まる。
まるで節々に砂を混ぜ入れられたような、そんな痛みだった。
「く・・・あうう・・・」
 捜し求めていた兄弟に手篭めにされ、封印していた心の傷を暴き出され、さらに満足に体が動かないほどに気を奪われたのである。
もし今、定包を討つという目的が無ければ、荘介は躊躇無く自害してしまっただろう。憎みても余りある定包という存在が、結果として荘介に自害を留まらせたのは皮肉であった。
「うぐ・・・・は・・ぁぁぁぁ・・・」
 何度か痛みをこらえながら腕を伸ばし、ようやく羽織を取って自分の腰にかけると、そのまま仰向けに倒れた。
「ふ・・・ふふ・・・ううっ・・・・ううう・・・」
体の中で最も人に晒したくない部分を隠してホッとしたのか、ふいに笑い出し、そしてすぐにその笑いは涙へと変わる。
自分の心と体に刻み込まれた屈辱を持て余し、感情が暴走しかけていたのである。
 そのせいか、小屋に入ってきた少年の事を、荘介はまったく気がつかなかった。
年の頃は12くらいだろうか。
華奢な体に雪のように白い肌。切れ長だが優しげな瞳とその左目にある泣きぼくろ。
そして青紫の羽織と他の犬士達とはまた違った、後光がさしているかのような雰囲気が、この少年を現世(うつしよ)と隔絶された存在に思わせていた。
少年はゆっくりと、もがき苦しむ荘介に近寄り、そっとその肩に触れた。
「むごい姿だな」
「ひっ!・・・・ぁぁぁ・・・ぁぁぁ・・・ぐっぅぅ・・・・」
少し落ち着いた響きの声と肩に感じた熱い波動に、荘介は弾かれた様に後ずさろうとする。だが一気に動いた為に激痛が全身に走り、誰何の声すら上げられない。
「案ずるな荘介。私は君の敵ではない」
「ひぃっ!」
 怯える荘介の頬を優しく挟み、慈愛に満ちた笑顔を見せる少年。
しかし道節によって付けられた傷が深い為か、頬に伝わる暖かさにも恐怖している。体はがくがくと震え、歯の根は合わず、見開かれた目は血走り、そこからは涙がゆるゆると流れ出ている。
壊れる一歩手前の状態であるにも関わらず、少年は無遠慮に荘介に覆いかぶさるように抱きしめた。
「ひぃっ!」
少年の行動に恐慌状態に陥ったのか、荘介は再び叫びだした。
「い、いやだ・・・いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
体中を駆け巡る激痛を忘れたかのように、荘介は手足をばたつかせて少年を振り解こうとするのだが、満足に動かない体では少年を剥がすには至らず、ただばたばたともがくのみである。
少年は荘介の動きに合わせてその力を受け流し、すこしずつ荘介の動きを奪っていく。
「落ち着いて・・・落ち着いて荘介。私は君から何も奪わない。ただ君を、助けたいだけなのだ」
「うそだぁっ!」
「嘘ではない。それが証拠に、こうしている間にも、私の気が君の中に流れ込んでいるはずだ」
「うそだ・・・」
「信じてくれ荘介。そして私を受け入れてくれ。私は仁の心に従い、君に私の気を分けよう。兄弟の証として、君に再び立ち上がる力を分けよう」
 少年の穏やかな声に抵抗は次第に弱くなり、そして兄弟という言葉に触れた時、荘介はようやくその動きを止めた。
「・・・きょう・・・だい」
「そう」
少年は静かになった荘介に重なり、そっと口付ける。
道節は体を蹂躙したが、一度も口を合わせる事はしなかった。
それは愛をもって体を合わせたからではなかった為だろう。
少年は名残惜しそうに唇を離し、ゆっくりと荘介の足を開かせる。
「おぬしは・・・だれ・・・だ・・・」
「私の名は、犬江親兵衛仁(まさし)」
「では・・・」
言いかけた荘介の唇を再び塞いだ親兵衛は、ゆっくりと荘介の中に分け入っていく。
心が醒め、乾ききっていた荘介の陰唇は渋かったが、親兵衛が触れた所から少しずつ潤み始め、その未発達な細い陰茎を全て受け入れるまでには、それほどの時間はかからなかった。
「は・・・ぁ・・・」
自分の分身を埋め終えた親兵衛は、すぐに動こうとはせず、自分より大きな荘介の首筋に顔を摺り寄せる。
「ああ、不浄の体と自ら忌み嫌ってきたが・・・この体故に兄弟と一つになる事が出来る・・・・」
「・・・親兵衛?」
「伏姫様は神女となられた時、二つの性をお持ちになられた。そしてその事が災いして、私達の体も両性を具有するようになったのだと、常にご自分を責めていらした。だが、そうではない。互いに分かち合う為にこそこの体がある。今は荘介に気を分ける為にこうして繋がっているが、私が同じ目に会い、伏姫神女様のお力をお借りできぬ時、兄弟からこうして力を分けてもらう事もできる。いささか生臭い方法ではあるが、兄弟の鼓動を感じ、兄弟の温度を感じられるこの方法・・・私は嫌いではない」
「だが、道節は・・・」
「あの者は未だ節度を知らぬ愚か者。「忠」の心を持ちながら己の力に溺れているうつけだ。今は「智」の心に躍らされているようだがしかし、あれも兄弟。いずれは目を覚ますだろう」
荘介は親兵衛の肩に腕を回し、「あの者を許す自信がない」とつぶやく。
何しろ蹂躙された直後である。どのような理想主義も絵空事に聞こえるのは当然と言えた。
親兵衛はそれを承知で「受け入れるのだ」とつなげる。
「荘介の心の傷は我ら兄弟の傷でもある。道節の傲慢も同じ事。我らの中にそれらを取り込み、溶かし、浄化し、良き方向へと変えていくのだ。その為の兄弟であり、仲間であろう。それすら叶わぬというなら何の為の兄弟か」
「何故、そのような考えに至る?」
「わからぬ。根拠も無い。・・・だが、そう信じる事から何かが始まるという確信、それだけはある」
「傲慢な理想主義よ」
親兵衛はその言葉に軽く自嘲して見せ、「ならば我が心を溶かし、浄化するのを手伝って欲しい」とつぶやき、ゆるゆると動き始めた。
「ふ・・・うぁ・・・ず、ずるいぞ・・・親兵衛・・・」
「何もずるくは無かろう?」
くすくすと笑いながら、親兵衛は荘介の中を楽しむように行き来する。
だが、それも長くは続かなかった。
親兵衛にとってこれが初めての行為であった事もあるが、本来の目的は自分の気を荘介に確実に渡す為の房中術を行う事である。
まず荘介の脇腹にあるツボを押し、彼が放たないよう抑制をかける。
「いくよ荘介」
その言葉の直後に親兵衛は低く呻き、荘介の中に放った。
「うあぁぁぁぁ・・・・」
体の奥に生じた熱さは、一呼吸を置いて体の隅々にまで拡散していく。
今までに感じたことの無い、体中を満たされる快感に震え、荘介は細く、切ない声を上げた。
「何だ・・・急に・・・・眠・・・・く・・・・・・」
親兵衛は自分の気の半分を失い、そして初めての肉の交わりに酔った為か、荘介の淡い胸に顔を埋めたまま、静かに寝息を立て始めた。
「親兵衛・・・・?」
呆気ないほど簡単に眠ってしまった親兵衛を、荘介は優しく包み込んだ。


 親兵衛が目を覚ましたのは、東の空に薄明かりが射し始めた頃であった。
「・・・昨日は・・・す、すまなかった」
声のした方に目を向けると、戸口から外を見ている荘介が、背を向けたままで恥ずかしそうにしている。
「体は?」
「親兵衛のおかげで、もう動けるようになった。だがまだ本調子では無い。慎重に行動する必要がある」
荘介は真剣な面持ちで振り返り、親兵衛にてを差し出して呼びかけようとする。
「親兵衛・・・」
「一緒に来てくれ、か?」
「ああ。親兵衛がいてくれれば、定包の強大な魔力にも打ち勝つ事が出来る。一緒に義実公や里見縁の者達の無念を晴らそう」
荘介の誘いを、親兵衛は黙って首を横に振って答え、身支度を整え始める。
予想外の答えに動揺を隠しきれない荘介は、てきぱきと身支度を整える手を掴み、もう一度同じ事を言ってみるが、親兵衛の態度は変わらなかった。
「どうしてだ・・・何故・・・?」
「私は、伏姫神女様よりの密命を受け、これより別の地に向かわねばならぬ。定包討伐に加わりたいが、この命は全てに優先されているのだ」
「どうしても、なのか」
「今は詳しく言えぬ、が、皆の為に行くのだ。それだけは信じてくれまいか」
真摯な目で自分を見る兄弟に、これ以上の説得は未練となる。
荘介は一度唇を噛んでから、静かに「わかった」と言い、別行動に了承の意を示した。

 二人が小屋から出ると、辺りは朝靄に包まれており、その靄は、朝焼けに照らされて金色の輝きを帯びている。
運命の兄弟が暫しの別れを交わすには、出来すぎた舞台だといえた。
「元気で」
荘介が言う。
「ああ。みんなを頼む」
親兵衛が答える。
 二人が無言で頷き合うと、小屋の影にいた一頭の馬が、それを見計らったかのように親兵衛の傍にそっと寄り添う。
その馬に跨り、もう一度荘介と見詰め合った後、親兵衛は懐から光る玉を出し、天に掲げた。
「我は犬江親兵衛仁! 我、ここに発契す! 兄弟を愛し、民人(たみびと)を愛し、そを滅せんとする闇を討たんと、我が命たる『仁』の玉に誓わん!」
荘介もそれに習うように珠を天に掲げ、誓いをする。
「我は犬川荘介義任! 我、ここに発契す! 我が命我がものとせず。我が兄弟、民人の安寧が為に使わん! その事、我が命たる『義』の玉に誓わん!」
そして二人は、それぞれの玉を互いに向け合う。
朝の清々しい風と互いの心に、自然と笑みがこぼれる。
「さらばだ、荘介」
「さらば、親兵衛」
荘介の返事に頷いた親兵衛は、愛馬と共に朝靄の中に消えていく。
去り行く蹄の音が聞こえなくなり、やがて再び朝の静けさが戻る。
名残を惜しむように、彼はしばらくその場に立ち尽くしていた。
突然現れた最後の兄弟の事を思いながら。

『お行きなさい・・・・あなたを待っている兄弟の元へ・・・・』

 親兵衛が去った方角を見つめ続ける荘介の心に、初めて聞く声が響いた。
初めて聞く声ではあったが、不思議な暖かさがあり、誰何するまでも無く誰の声か理解した。
「伏姫・・・神女様・・・・」
荘介はそう呟き、目を閉じて深呼吸を一つする。
そして背筋を伸ばし、凛とした面持ちで、仲間達の待つ方へと歩き始めた。



♪ベベベン・・・・・・

天に散らばりし八つの心。
その具現たる八つの玉の持ち主は、不思議な縁に導かれ、やがて結城に集結す。
今は心がまとまらず、我を張り意地張り不揃いなれど、いつかは一つに輝かん。
曲亭馬琴が描きし浪漫、江戸が太正に移ろえど、その輝きは色褪せぬ。
此度(こたび)の下俗な物語り、続きはあなたの心にて、ゆるりゆるりと流れます。
定包討つは誰なのか、道節許すは誰なのか、犬士の安らぎ何処にありや。
やれ俗物だ下衆者だ、夢想煩悩笑わば笑え、これも一つの八犬伝。
これにて終幕いたします。

♪ベベベベ ベベベンベン・・・ベベン


終劇



追記:
この物語に登場する人物、ならびに文法は全て「インチキ」であり、現実世界とは何らの関係もございません。
また、「ふんどし」「腰巻」という、当時の下着類の固有名詞については、筆者の力量が伴わず、作中に取り込む事が出来ませんでした。
マリアやレニ、すみれやさくらの「六尺赤褌」姿を楽しみにしていた極わずかの皆様に、心よりお詫びを申し上げます。




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