舞台裏にて



山崎あやめ


 スポットライトが落ちても、割れんばかりの拍手がまだ客席から響いていた。
 最後のカーテンコールを終え、マリアを始めとする花組の面々が揃って舞台袖に戻ってきた。
「マリア、お疲れさま。素晴らしい舞台だったよ」
出迎えた大神が笑顔で声をかけた。
「初日とはいえ、再演だけあって、マリアのオンドレは完璧だね」
「ありがとうございます隊長…。そう言っていただけるとうれしいです」
照明の熱で、額にうっすらと汗をきらめかせたマリアが、幸せそうに微笑んだ。
「本当に素敵だったよ…。俺もう、見てて、くらくらしそうだった…」
言いながら、大神がマリアの手をそっととり、引き寄せた。

「隊長…?」
一瞬の周囲の眼の隙をつき、舞台袖の、セットの一部である深紅のカーテンの中に、くるりと自分とマリアを包み込んだ。
「隊長?何を…」
仰天したマリアの胸元の、ずらりと並んだボタンを、大神が上からひとつづつ外してゆく。
「すごく似合ってるよ、この衣装…でも、疲れただろう?ちょっと脱いで休もうよ」
そう言いながら、固い詰め襟の下からあらわれた細いうなじに、大神が口づける。
「やめてください、隊長…!こんなところで…」
「静かに。見つかっちゃうだろ?」
大神が声を殺して囁いた。カーテンの分厚い布地が幾重にもゆったりと巻かれていて、大きく動かなければわからないかもしれないが、普通に声を出せば外に聞こえてしまうだろう。
「そんな…でも…」
カーテンを動かさないようにと思うと、もがくのもままならなかった。強引な大神に手伝われ、いつのまにかサラシがゆるめられ、マリアの白い胸が息を吹き返すかのように深紅の闇にこぼれ出た。
「こんなに締めつけて…苦しかっただろう?」
大神が、いたわるように囁きながら、ゆっくりと揉みほぐす。
「だめですっ…こんな…見つかったら…ああ…」
かあっと胸の奥が熱くなり、まるで心臓を大神の指の中で捏ねられているようで、諌める言葉はすぐに吐息へと取ってかわった。
「楽にして…マリア」
ウエストの隙間から大神の手がすべり込み、下の方へと分け入っていくのに、マリアは大神の言葉と裏腹に身を固くした。
「隊長…っ!いけませんっ………あっ…!」
必死に膝を擦り合わせたが、大神の手はとどまるところを知らずに、マリアの奥へと侵攻していく。足ががくがくと震え、立っていられなくなり、マリアは大神の胸にしがみついた。
「ああっ…待って…そんな…いや…あっ」
カーテンの布越しに、まだ後片付けをしている花組の仲間たちや裏方の声が聞こえてくる。マリアは必死に口元を覆い、白い手袋を噛み締めた。
 舞台の高揚の残るからだを、大神の指先が容赦なく掻き立てていく。 その刺激に加え、疲労と緊張、狭い空間にこもった熱気に、マリアはのぼせたようになって気が遠くなった。
「ふ…うっ」
「マリア…?」
崩れるマリアを大神が抱きとめた。

「あれ、大神はんにマリアはん、どこにおったん?」
カーテンから出てきた二人を、ベルナール姿のままの紅蘭が見とがめた。
「マリアが、ちょっと疲れが出たみたいだから、俺、部屋に送ってくるよ」
眉をあげる紅蘭から逃げるように、ぐったりしたマリアを抱えて、舞台裏の喧噪を大神がすり抜けた。



 マリアの部屋に入ると、大神は脱力したマリアのからだをベッドに横たえた。衣服をゆるめてやろうと、簡単に直しただけの衣装のボタンをはずし、つめこんだサラシを掻きだして、腰の剣とともにベルトを引き抜く。それから黒いブーツを片方ずつ脱がすと、マリアのしなやかに寄り添った白い足指が現れた。その形の美しさに見入りながら、大神がそっと高い足の甲に口づける。すきとおった静脈をたどって唇を這わせ、指の間をこじ開けるように舌を差し入れた。
「…ん…っ…」
マリアがその刺激にぴくりと体を震わせ、薄目をあける。
「は…っ隊長…何を…」
起き上がろうとするマリアを、ベッドに腰掛けた大神が押しとどめた。
「じっとしてて…」
「そんな…あ…んっ…」
押し頂くようにマリアの足を手にとり、指を舐める大神の舌先の感触に、マリアは思わずシーツを握りしめた。
 つま先から溶けていくようなその感覚に耐えかね、このままでは大神を蹴り飛ばしてしまいそうで、マリアは必死で足をもぎ離して引っ込めた。
「やめて…隊長、悪ふざけにもほどがあります…!」
胸元を掻きあわせ、マリアは怒ったように大神を睨んだ。
「ごめん。君が、…オンドレ姿の君があんまり素敵だったから、つい…」
大神が素直に詫びて、頭を掻いた。
「許してくれ…君は舞台が終ったばっかりで疲れてたのに、…悪かった。もう行くよ」
大神が立ち上がり、背を向けて、ドアを開きかけた。

「………待ってください…!」
マリアの、絞り出すような声に、大神が振り返る。
「ずるいです、隊長…。私をこんなふうにしたまま、去るおつもりですか…?」
ベッドに身を起こし、自らの肩を抱きしめて俯いたマリアの眼が、羞恥の涙で潤み、噛み締めた唇が濡れて震えていた。
 大神はにっこりと笑ってドアを閉め、鍵を掛けなおした。

「いいよ、上はそのままで」
上着と手袋を脱ごうとしたマリアを、大神が押しとどめた。
「は…?」
大神の意図するところがわかり、マリアは真っ赤になった。が、自分で引き止めた以上、拒否することはできなかった。
 視線をそらしながら、ためらいがちにマリアはズボンを降ろし、下着を脱いだ。あらわになった下半身を少しでも隠そうと、上着の裾を手で引っ張るようにして、所在なげに身を縮めているマリアを、大神がしげしげと眺めていた。
「ふふ…こんな淫らなかっこうのオンドレさまを見たら、クレモンティーヌはどうするかな…」
白い手袋の手を握り、マリアを膝に抱くように椅子に腰掛け、大神が自分のズボンのファスナーを開けた。
「そんなこと…ああ…っ…!」
屹立した大神の上に腰を降ろさせされて、マリアが大きく仰け反った。
 マリアのはだけた胸元から、喉を、頬を何度も震えが走り抜けるのをじっと見つめながら、大神が胸の谷間に顔を埋めた。その頭を締めつけるように抱きながら、マリアがせつなげな声でこぼした。
「ひどいです…こんな…隊長…本当なら、ちゃんと、キスから、始めてほしかったです」
「ごめんよ、マリア」
もう、おそいです、というマリアの拗ねたような声が、大神の唇に呑まれた。
 互いの唇の熱さを確かめながら、舌先が駆け引きのように誘いあい、からまりあう。いつしか翻弄されていくマリアの下唇を、こりこりと噛むように大神の歯がなぶり、こぼれ出る甘い唾液を余さず舌先ですくいとった。
「素敵だよ、オンドレさま…」
恍惚とした表情のマリアを、大神が強く抱きしめながら、揺り上げる。
「…たとえ君が何処に行こうとも、誰の物になろうとも…あの場面、かっこよかったよ…」
耳もとで吐息を吹き込むようにささやくと、マリアのむき出しの腿にざわりと鳥肌が立った。それを見た大神が、手のひらでしごくように撫でてやりながらも、さらに耳朶を舐めまわした。
「愛は、あるがままに…愛は、思うがままに……クレモンティーヌも言ってるじゃないか」
「は…っあ…っ」
全身に大神が満ちているようで、マリアはただ肩をきつくすくめ、大神の首にすがりついて浅い息を吐いていた。
「続けて、マリア。その先を…」
ぼうっとしたマリアが、大神に促されるままに、振動に途切れ途切れになりながら言葉を紡ぐ。
「…その山が、どんなに、高く、険しく…とも、今なら、越えられる…」
「…いいよ…オンドレさま…」
大神の動きが刻みつけられる度に、マリアの衣装の肩章の房が、きらきらと光って揺れていた。
「そして、君を、強く…強く…あああぁ…ぁっ…」
激しさを増した大神の動きに、椅子ががたがたと鳴り、マリアの、堕ちていくような、先の細い悲鳴が後を追った。



「隊長…まだ明日からも公演があるのに…私はどうしたらいいんです?」
大神の膝から、崩れ落ちそうになっているのを抱え直されながら、マリアが困り果てたように訴えた。
「ごめん…そんなに疲れたかい?キスマークは、この衣装なら見えるようなことは…」
「違います。だって、あのセリフのシーンになったら、私、きっと…その………思い出してしまって…」
後の方がごにょごにょと口の中で小さくなり、マリアが紅くなって俯いた。
「ふふっ、頑張ってねマリア」
「…もうっ、隊長ったら!ずるいですよ!」
からかうように笑う大神の胸を、手袋をしたままのマリアの拳が叩いた。

 その後の舞台の問題の場面で、マリアの何かに絶え入るような艶のある演技が、さらに迫真力があるとして思わぬ好評となったのには、大神はただ密かに苦笑した。




《了》





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