巴里への伝言








「花小路伯のお供で巴里か。よかったな、マリア」
カンナは、マリアの部屋の椅子に座り、ぶらぶらと組んだ足を揺らしながら、わざとゆっくりと言った。
「みんなうらやましがってるぜ。隊長に会えるなんてさ」
声にふくまれた棘に気づかないかのように、マリアはカンナに背を向けたまま荷造りをしていた。丁寧に畳まれたブラウスが、整然とトランクの中に並べられていくのを見ながら、カンナはぼそりと呟いた。
「巴里で隊長に会ったらさ、デートしてくるんだよな」
「そんな暇があるといいけど…」
マリアは相変わらず他人事のように返してくる。
「夜は空いてるだろ、いくらなんでもさ」
肩をすくめて、カンナが言った。
「4ヶ月ぶりにおまえに会うんだもんな。隊長は、きっと今頃うずうずしてるんじゃないか?おまえを抱きたくてさ…」
マリアの手が止まり、肩がぴくりとふるえる。怒ったのか。それとも、その時のことを想像してのおののきだろうか。
 自分の知らないマリアの姿。自分の聞いたことのない声をあげるマリア。自分を抱いたことのないこの白い腕が、短く尖った黒髪の頭を、きつく抱きしめ、胸に押し当てて…。
 カンナの頭の中を、その光景が一気に駆け抜けた。
 マリアの手は今下着を畳んで詰め込んでいた。カンナが見たことのない、美しいシルクのレース。
 その手を、カンナが立ち上がって押さえた。
「今、おまえを抱いて、体中にいっぱいキスマークつけてやろうか。隊長が見たらびっくりするだろうな」
「…それは…困るわ」
マリアは眉をひそめた。
「隊長になんて言う?誰の仕業だ、って聞かれたらさ」
したたるような悪意を込めて囁くと、マリアは少し口の端をつり上げ、冷たい声で答えた。
「…あなたがやったって正直に言うわよ。隊長に隠し事なんかできないもの」
挑むようなマリアの視線が、カンナの神経をざわりと逆撫でた。
「言ってみろよ」
ぐい、と腕を引っ張って、マリアをベッドに押さえつけながら、カンナは無造作に自分のタンクトップを脱いだ。二つの胸が、解き放たれたけもののように、生き生きと揺れた。
「言ってみろ。隊長に、あたいがどんなふうにしたか、全部説明してみせろよ。絶対だぞ」
「…痛いわカンナ」
腕をねじられて、マリアは呻いた。カンナは、かまわずにマリアのブラウスをたくし上げ、むしり取るように脱がせると、あらわになった白い胸に覆い被さった。
 激しく唇をぶつけ、音をたてて強く吸った。紅い染みが、顔料の粉を吹いたように、くっきりと彩られる。
「痛い…っ…!」
マリアの細い悲鳴を聞きながら、ぎりぎりと歯を食い込ませる。歯のあとが、いびつな花のようにうっすらと紅く盛りあがって、白い肌に咲いていく。

 マリアの肌は、甘い不思議な匂いがした。ひろやかな胸に顔を埋め、いっぱいに吸い込んだその匂いに酔いながら、カンナは頭の隅でちらちらと自問していた。
 なぜこんなにも、マリアの肌に触れたいのか。
 抱きしめて、思いきり乱したい。弱点を探って、支配しながら心ゆくまで愛したい。
 どろどろに煮こごった鍋の中のように、取り出してみても、それがもとはなんだったのか、もうわからなくなっている。
 この胸に大神が触れる。今自分が口づけた肌に、大神が口づける。それがこんなにも苛立たしいのは、
 マリアが触れられるのがいやなのか。
 大神が触れるのがいやなのか。





 ことり、と小さな物音がした。
 二人ははっとして動きを止め、顔を上げた。

 ドアが薄く開き、その隙間から、大きく見開いたレニの蒼い瞳が見えた。その顔は、表情を失ったままこわばっていた。
「レニ…?!」
マリアが凄い力でカンナを押しのけ、跳ね起きた。
 レニは踵を返して走り去った。

 自分には、当てつけるようにレニの話をしたのとは打って変わり、マリアはまるで子供に不逞の場を見られた母親のように悄然としていた。がっくりと肩を落としたマリアを、カンナは敗北感めいた寒気を感じながら黙って見つめていた。





「やっぱりここか」
中庭のベンチに、蒸気灯の灯りの輪から逃れるように座っていたレニは、カンナの声に驚いて振り向いた。一瞬、立ち去りたそうな様子を見せたが、タイミングを逸して、そのままうつむいた。

 カンナは隣に腰掛けて座った。
「おまえ、うまいんだってな」
「…マリアが言ったの?」
レニが少し頬を赤らめた。
「ああ。あたいは乱暴だからイヤなんだとさ」

 二人は黙ったまま座っていた。
 風もないのに、妙に薄ら寒い夏の終わりの夜だった。灯りの中を羽虫が飛び回り、ガラスの表面にぶつかっては、じじっ、と耳障りな羽音を立てていた。

「なあ、教えてくれよ。どうやるのかさ」
ふいに、カンナが口を開いた。
 皮肉を言われているのかと思ったレニが、横目でそっとカンナを見ると、カンナはいたずらを思いついた子供のように、瞳をくるめかせてにやにや笑っていた。
「明日っから、マリアは隊長のところだぜ。うらやましい話じゃねえか。きっと、たっぷり楽しんでくるんだろうさ。いろいろとな」

「…いいよ」
しばしの沈黙の後、レニも口元にかすかに笑みを浮かべて立ち上がった。
「そうこなくちゃ。行こうぜ。マリアのやつ、寝ちまってないだろうな」
カンナはレニの背を押して中庭を出ていった。







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「よ、マリア」
カンナは、まるでお茶にでも誘いに来たように、軽く手を挙げて入って来た。
「な、何?」
マリアは、丁度寝るところだったようだ。素肌にシーツをかきあわせながら、怪訝な顔でベッドに身を起こした。
「さっき、途中だったからさ」
カンナが言うと、マリアは不愉快そうに眉を寄せた。
「私、もう寝たいのよ」
「せっかく来たレニを追い返しちゃったみたいだからさ。悪いから連れて来たぜ」
カンナの陰からふらりと姿を現したレニを見て、マリアはぽかんと口を開けた。

 その隙に、カンナはマリアの手をとらえ、引き延ばし、片手でたやすく押さえ込んだ。
「レニ、いつもどうするんだ?やってみせてくれよ」
「ちょっとカンナ!何のつもり!?」
レニは黙って手のひらをかざし、マリアの胸に触れるか触れないかでそっと撫でた。
「…あっ…」
 マリアは、レニの手のひらを追うように体を震わせ、眼を閉じ、その感触を逃すまいとするかのように息を詰めていた。
「マリア…緊張してるね。どうして?カンナがいるから?」
抑揚の少ないレニの声に、マリアははっと眼を見開き、真っ赤になって唇を噛みしめた。
「何が恥ずかしいの?カンナには見られたくないの?」
カンナは眉を上げた。
「へえ、そうなのか?マリア………へへん、そりゃあしっかり見せてもらわなきゃな」
カンナがせせら笑うと、マリアは怒ったようにぷいと顔を背けた。
「カンナが押さえててくれるとちょうどいい。いつも、マリアはじっとしてないからやりにくいんだ」
レニはシャツの前をはだけると、マリアに胸を押しつけるようにして細い体を重ねた。
「やめなさい、レニ!何を考えてるの!?」
叱咤するマリアの声が、狼狽にうわずっているのに気づき、レニはうっすらと微笑んだ。
「マリアが好きなこと、全部してあげるよ。カンナ、よく見てて」
低い声で囁きかけると、レニはおもむろにマリアの胸に口づけた。

「や…やめて、レニ…あ…あっ…」
マリアが身をよじるのを、カンナは興味津々という顔で見ていた。
「なあ、レニ、どうやってるんだ?」
説明しようとしたレニは少し考えて、
「……こうだよ」
タンクトップをまくり、レニがカンナの乳首を口に含んだ。
「ひゃっ!」
小さな舌がひろひろと絡みついてきて、カンナは膝が抜けたようになって体をかしげだ。
「こりゃいいや。誰に教わったんだよ」
「…マリアがしてくれた」
レニが照れくさそうに口ごもり、ひゅう、とカンナが息を吹いた。
「マリアはキスも上手だよ」
少し得意げに微笑むと、レニはカンナと深く唇を合わせた。白い手がそっと胸元に入り込み、蠢いて、カンナがびくりと体を震わせる。
「こいつ、お返しだ」
噛みつくようにレニに口づけ、はかなげな胸を握り込んだ。
「痛いよ、カンナ…」
「やめてカンナ!レニに何てことするの!?」
カンナに手を押さえられたままで、身動きのならないマリアが、ばたばたともがいた。
「おおっと、わりいわりい。ほったらかしちまったな。レニ、片方よこせよ」
カンナが、割り込むようにしてマリアの片胸をつかんだ。
「二人ともいい加減にして!」
マリアはわめいたが、どちらからも返事は帰ってこなかった。

 二つの胸に、二人が競うように戯れる。
「やめて…!あなたたち、どうかしてるわ…!」
 声を落としながらも抗議を続けていたマリアだったが、それはやがて弱々しくなり、甘い吐息にかすれていった。
「あ…んっ…イヤ……ああっ…」
「マリア、静かにして」
堪えきれずに声を漏らし始めたマリアの口を、レニが無造作に手で覆った。
「何すんだよ。聞かせろよ」
それをカンナが振り払う。
「隣はアイリスの部屋だ。聞こえたら…」
「もう寝てるって。あたいはマリアの声が聞きたいんだよ」
言いながら、カンナはマリアの口をこじ開け、指を入れた。逃げ場のない舌を追い回しながら、マリアの少しくぐもった声に耳をそばだてる。
 レニは小さくため息をついて、マリアの肩や胸に残る紅い噛みあとを見ながら言った。
「…だったら、こんなに強く噛んじゃだめだ。マリアは痛いだけだよ。もっと、そうっと噛んであげなきゃ…」
レニの白い歯が、擦るように胸の先に触れると、マリアは喉を震わせて呻いた。
「んんっ…!」
「続けろよ、レニ」
嬉しそうなカンナの声に、レニは落ち着いて答えた。
「待って、それよりも…」
 レニの細い指が、暖かな巣穴を見つけてもぐりこもうとする生き物のように、マリアの下腹部をするすると這っていった。マリアは必死に膝を摺り合わせていたが、レニの小さな手を妨げることはできなかった。
「はあっ…んっ…!」
マリアの体が、断続的に走る電流に、震え上がり、弛緩する。そのたびに、まるい胸がふるふると揺れ、顎が天井を指して浮き上がった。白くひいでた額は、うっすらと汗に濡れて、乱れた髪がきらきらと光りながら貼りついていた。
「マリア、言ってよ、いつもみたいに、素敵よ…って。ボクのこと、巧いってカンナに言ってくれたんでしょ?ねえ、マリア…」
レニのあどけないほどの声が、執拗にマリアの鼓膜をなぶり続ける 。

 今やマリアの声はすすり泣くようなものに変わっていた。カンナの手のひらの下で、もう押さえる必要がないほど、マリアの腕はぐったりとしている。熱で曇った瞳には涙が溜まっていたが、それは悲しみではなく、別の陶酔の色を深く湛えていた。
「…お願い…もう…」
乱れた息の下で、マリアがついに降伏の声を漏らした。
「レニ、しっかり言付けておけよ。マリア、隊長によろしくな。あたいとレニからさ」
マリアの唇に浮いた汗を舐め取りながら、カンナはマリアの声を存分に飲み干した。





 やわらかなマリアの胸を枕に、カンナはうとうとしていた。
 レニは、マリアの脚の間で子猫のように丸くなっていた。静かに、規則的になった心臓の鼓動を聞きながら、カンナは、マリアが眠ってしまったのかと思った。
「…二人とも、気が済んだら、もう私を寝かせて頂戴」
いたずらをたしなめるような口調で、マリアが言った。
 カンナが顔を上げると、うしろでレニももぞもぞと身を起こした。
「ああもう…こんなにして…。隊長が見たらなんて言うかしら…」
紅い染みのところ狭しと散らばった胸を見下ろして、マリアがため息混じりにこぼした。
 自分よりも先に、レニの表情がさっと凍りつくのが、カンナにはわかった。
 マリアは、カンナの肩越しに、今の言葉が効を奏した事への、満足感と罪悪感の入り混じったような表情でレニを見つめていた。

 カンナはそんなマリアを、初めて出会った相手のように見ていた。レニが服をかかえ、うなだれて出ていこうとするのに気づき、自分も体を離して起きあがった。
「ああ…そうだよな。おまえは隊長のものだから、あたいたちなんかを本気で相手にするわけにはいかないんだよな」
 どんなに思われても、答えるわけにはいかないのだ。
 どんなにレニを大切に思っていても。本当に自分のことをキライなわけではないとしても。
「でも、それって要は遊びってことだよな。いい退屈しのぎにはなっただろ。隊長のいない間のさ」
マリアはいつものよそよそしい表情をまとって、身構えるようにカンナを見返していた。
「レニの面倒はあたいが見てやるよ。心配するな。だから安心して巴里に行ってきな」
カンナがすまして言うと、マリアは少しくやしそうに口元を歪めた。
 その様子を見て、カンナの気は大いに晴れた。





「レニ、眠れそうか?」
カンナの問いにも、レニは廊下の隅で丸めた服を抱きしめたまま、黙ってうつむいていた。
「なあ、さっきの、あたいにも教えてくれないか?よかったら…あたいの部屋でさ」
レニは顔を上げて、何かをつきとめるようにじっとカンナを見つめた。
「…いいよ。今夜カンナのベッドで寝かせてくれるなら…」
少しもじもじしながら、やがてレニが答えた。
「あたいの部屋はベッドじゃなくて布団だけど、いいか?」
「うん。…でも、やっぱりカンナは乱暴だよ」
「ちぇっ悪かったな。…おまえにはやさしくしてやるよ」
カンナはレニの髪をくしゃくしゃと撫でると、肩を抱いて自室へと歩いていった。




《了》




なんだこの話;;





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