6500Hit 記念 SS




6500Hit 記念 SS ─バレンタインと甘さの秘密?─ Written by G7 例え何十年に一度の彗星が見える年でも、その年が閏年だったりしても毎年必ずやって くる2月14日・・・。 桐島 カンナはこの日が結構好きだった。 洋菓子屋の陰謀だとか、甘い物は嫌いなどと言う輩はいるけれど、彼女は洋菓子も和菓 子も大好きだったし、甘い物だって嫌いではない。 女性が男性にチョコレートを送る日だと言う事は知っている。 由来や歴史なんて物は知らなければ、興味もなかったけれど・・・。 勿論、自分が女性だということは十分に分かっている。 贈る事に関しては、今一つ実感が湧かないが、でも貰えるのだったら嬉しいし、断る理 由など一つも無い・・・。 先程も一階の事務所前を通った時、逓信省の配達員が箱一杯のチョコレートを運んでい るのを見る事ができた。 この帝国劇場で、舞台女優としてデビューしてから数年が経つが、年々チョコの数は増 えている。 人気が全てだとは思わないけれど、舞台にも真剣に取り組んでいる自分に対してのご褒 美だと考えると、素直に嬉しい気持になれるものだ。 「今年も沢山食べるぞぉ〜♪チョコっ・チョコっ♪」 自分で作曲したメロディーに適当な歌詞を乗せ、カンナは上機嫌で二階への階段を上っ ていく。 バレンタイン云々よりも、カンナ自身この様なお祭り事が大好きなのだ。 表現できない心の高揚が自然と歩みを早いものに変えていく。 「わあっ!!」 階段を上り切った所で、突然飛び出した影に驚いて声を上げ仰け反ってしまう。 「きゃっ!」 ─ドサ、ドサッ─ 派手な落下音を響かせて、床一面に散らばる煌びやかに包装された小箱達・・・。 「大丈夫か、由里?」 尻餅をついている由里を引き起こしながら、カンナは辺りに広がる惨状を眺め状況を理 解した。 「ごめんなさい、カンナさん・・・。ファンの方からのチョコレート、落としちゃいました…」 臀部を叩きながら、由里は済まなそうな表情でカンナを見上げる。 「由里に怪我が無いのなら良いけど、あんまり無理すんなよ。言ってくれれば、アタイが 手伝ってやったのにさぁ…」 「皆さんへの贈物なのですから、お部屋まで運ぶのも事務の仕事ですよ」 お互いに散らばったチョコレートを拾いながら、二人は話を続ける。 「重たい物は、隊長に持ってもらえば良かったのに」 「大神さんは、朝から海軍本部に出掛けられたんで…」 そういえば、朝から大神の姿を見ていない事に気付くカンナだった。 「ふ〜ん、隊長もこんな日に出掛けなくてもねぇ…」 「うふふっ…、本当にそうですよね。今年もカンナさん、沢山届いていますね♪でも、全 部食べ切れるんですか?」 拾ったチョコをメンバーごとに仕分けながら、山盛りになっていくカンナの分を見て由 里が呟く。 「大丈夫っ!ちゃ〜んとっ、全部食べるに決まってるだろ」 自分のお腹を叩きながら胸を反らすカンナに、由利も口を押さえて可笑しそうに笑い出 す。 「お腹、壊さないでくださいね」 「へへっ、その為に普段から鍛えてるんだぜっ!」 カンナも楽しそうに、更に胸を張っておどけてみせた・・・。 ◇ 「むっ、コイツぁ美味いぜ…。やっぱり手作りなのかな?」 モグモグと口を動かしながら、次々とチョコレートを消化していくカンナ。 まだ昼前だが、一つだけ味見のつもりが止まらなくなってしまったらしい・・・。 「でもそろそろ昼飯だし、腹八分目っていうしなぁ」 そう言いながら、カンナは包装紙や入れ物を片付け始める。 それでも、まだ半数以上の小箱が未開封で残っていた。 「んっ…?」 拾い上げた包装紙からヒラヒラと一枚のカードが舞落ちる。 「おっと、メッセージは捨てちゃあいけないよな〜。ファンの思いが綴られているんだか ら…」 包まれていた包装紙を見ると、最後に食べた絶品チョコの贈り主の物だった。 「ファンに、こんな美味しい物を作れる人がいるなんてね〜。アタイはホントに幸せ者だ ね♪」 チョコの味を思い出したのか、ニコニコとカードを拾い上げて内容に目を通す。 「………」 先程までの笑顔が一転して、一気に青褪める顔色・・・。 「どうしよう…」 呆然としたカンナの指先から零れ落ちたカードは、弧を描きながら床に落ちて行く。 カードを拾う様子も無く、カンナは表面に書かれているメッセージを眺めているだけだ。 ─マリア・橘 様─ カンナがどんなに凝視してみても、角度を変えて眺めてみても、カードに書かれている 文字は変わらない・・・。 「どうしよう、食っちゃったよ…」 正午を告げる時計の鐘の音、普段であれば楽しい昼食を知らせる音色だが・・・。 今のカンナには、その鐘の音も耳に入っていないように、呆然とその場に立ち竦むだけ だった…。 ◇ カンナの様子が普段と違う事は、一目で分かった。 ただ、彼女が何を悩んでいるのかが判らない・・・。 マリアは夕食のパスタをフォークに巻き付けながら、親友の様子を観察する。 いつもであれば、既にお替わりをしている筈なのに・・・。 彼女は皿を突ついてはいるものの、その中身は一向に減る様子はない。 大神に相談しようにも、朝から海軍本部に出頭してまったので、帰ってくるのはもう少 し先になるだろう。 先程もマリアが図書室に行った時の事だ・・・。 夕日が差しこむ窓際に坐ったカンナを見かけた。 普段ならば、カンナは中庭でトレーニングに励んでいる時間帯である。 不思議に思って、マリアは声をかけようとしたのだが・・・。 「ふぅ…」 開いた本の字面から目を離し、頬杖を突きながら窓の外を眺めるカンナ。 その表情は何処か物憂げで、零れる溜め息にも僅かな色香が混じっている様にも見えた。 黄金色の日差しを浴びるカンナの姿に、マリアは声もかけられないまま、暫し見惚れて しまう。 結局、マリアの存在に気付いた彼女は、慌てた様子で部屋を出ていってしまった為に何 も聞き出せなかったのだが・・・。 「なぁ、マリア…?」 「えっ!?」 一人回想に耽っていたマリアは、突然カンナに声を掛けられて我に帰った。 「どうしたんだよ、ボーッとして?」 「なっ、何でもないわよ…」 周囲を見まわすと、既に食堂には自分とカンナしか残っていない。 「教えて欲しいんだけどさ、チョコレートを贈る時ってどんな気持なんだろう?」 「チョコレート…?」 いきなりのカンナの質問に、面食らったように頭の上に疑問符を浮かべるマリア・・・。 「だからさぁ、バレンタインのチョコレートだよ…」 照れているのかカンナは、マリアから視線を外して鼻の頭を掻く。 「贈る方の気持…」 「そう…」 マリアはカンナの言葉の意味を考えながら、目の前で横を向いている彼女を見つめる。 「……」 「……」 短い沈黙の後、マリアはゆっくりと言葉を選びながら口を開いた。 「そうね…、相手が喜んでくれれば一番嬉しいのだけれど…。それに…」 「それに?」 いつのまにか、カンナは身を乗り出してマリアの話を真剣に聞き入っている。 「手作りは勿論、お店で買う時だってそう・・・、自分の気持が相手に伝わるように・・・。 そんな想いをチョコに溶け込ませ、食べてくれた時に口の中で自分の想いも一緒に溶け 出しますようにって…」 「だから、あんなに甘くて美味しいんだ…」 「そうね…、色々と考えている時のドキドキする気持も私は好きよ…」 「やっぱり、色んな想いを込めるんだよなぁ…」 カンナが真剣に納得している様子を見ながら、今度はマリアから口を開く。 「でも、突然にどうしたの?」 「あっ、その…」 「……?」 「あのさっ、マリア…」 マリアの瞳を覗きこむ様にして、何かを伝えようとするカンナだったが、上手く言葉に 出来ずに詰まってしまう。 「何…?」 「〜っ!やっぱり何でも無い…」 クシャクシャと頭を掻きながら立ち上がり、部屋を出て行くカンナに対しマリアは訳も 分からないまま、彼女の背中を見送るしかなかった…。 誰も居なくなった食堂に、一人残されたマリア。 あまりに突然の出来事に、暫し呆然としてしまう。 冷めてしまったお茶で唇を湿らせながら、一連のカンナの行動を整理してみる。 『図書室での物憂げな表情…』 『バレンタインのチョコレート…』 『そして、私に言えなかった言葉…』 マリアの頭の中では、パズルのピースが間違ったままに次々と組み合わされていく・・・。 「まさか…、ねっ?」 自分の推理が辿り着いた結果に、マリアは口に出して否定してみるものの、誰も答える 者のいない食堂に虚しく響くだけだった…。 ◇ 「やっぱり、正直に言えばよかった…」 消灯時間が近づく厨房の床に、カンナは腰を下ろした。 調理台の上には、無残な形のチョコレート達が転がっている。 結局マリアに本当の事を言えないまま、図書室で調べた付け焼き刃の知識で「あの手作 りチョコレート」を再現しようと試みたのだが・・・。 「マリアにあんな話を聞かされたらなぁ…」 例えレシピ通りに、同じ形・同じ味の物を再現できたとしても、それは違うチョコレー トだという事だ。 カンナ自身、ファンを大切に思うからこそ、そんな誤魔化しでファンの気持を裏切る事 は出来ないと思っている…。 こういう時に相談に乗ってくれる大神も、まだ海軍本部から帰ってきておらず、正しく 万事休すといった状態だった。 「でも、言えないよなぁ…」 ─コン・コン─ 突然のノックに、何故かカンナは慌てて調理台の影に隠れながら様子を覗う。 僅かな間の後に、厨房に入ってくる人影はマリアだった。 その表情には悲壮な色が混じり顔色も悪い。 マリアは調理台に散らばるチョコレートと、端から見える赤い髪を確認すると、更にそ の表情を曇らせた・・・。 『カンナはチョコレートを…』 その場に立ち竦んだまま、マリアは一人で勘違いの渦の中に沈んでいく…。 「あっ、マリア…?」 隠れていたカンナも立ち上がり、思い詰めた様子のマリアに声を掛けた。 『カンナは親友…。でも、私は…』 どっぷりと自分の世界に入ってしまったマリアから反応はない。 ファンのチョコを食べてしまった負い目からか、マリアの顔を見られないカンナは、台 の上のチョコレートを眺める。 「マリアが見回りをしてるのかぁ?そうか、隊長はまだ帰って来ていないんだ…」 気不味い雰囲気に耐え切れなくなったカンナの、場を取り繕う為の何気ない一言だった のだが・・・。 『隊長はまだ帰ってこない…』 未完成のチョコレートを眺めるカンナと、その一言を聞いたマリアの中で、間違った最 後のピースがはめ込まれてしまう。 『カンナは隊長にチョコレートを…。隊長の事が…』 更に押し黙ってしまうマリアに対し、カンナも何も言えないまま沈黙が続く。 ただ、お互いの頭の中では、嵐のような激しさで様々な感情が責ぎ合っているのだが…。 『やっぱり、マリアに謝った方が…』 『やっぱり、カンナは隊長の事が…』 どの位の時間が過ぎただろう。 二人は気がつかないが、とうに消灯時間は回っている・・・。 『でも、マリアもファンを大切にしているからなぁ…』 『カンナは親友、でも隊長に対する私の気持は…』 静寂が支配する厨房内…。 お互いに、自分の心臓の音がやけに大きく聞える気がする。 だんだんと大きく聞える心音、徐々にその鼓動も早鐘を打つように頭に響く…。 「「ごめん(なさい)!!」」 重なる二人の言葉・・・。 お互いに相手の顔を見ながら、その意味を咀嚼する。 「「えっ?」」 再び重なる声に、マリアもカンナも不思議そうな表情のまま見つめ合う…。 ◇ 「そうだったの…」 「マリアこそ…」 お互いに向い合う格好で、厨房の流し台の縁に腰を乗せている二人。 手の中には、それぞれ湯気を上るティーカップが握られている。 「まぁ、食べてしまったものはしょうがないけれど…」 「ゴメン…」 「そうね、そのファンの方には私からも手紙を書くけれど…」 「アタイからも手紙を出すよ…」 全てを説明したカンナの話にマリアの誤解も解け、深夜のティータイムもお開きになる 時間…。 マリアが時計を見上げると、後数分で零時を回るところだった。 「話もまとまった事出し、そろそろ寝ましょうか・・・」 「そうだなぁ、後数分でバレンタインも終わりかぁ!」 同じく時計を見たカンナが、大きく背中を伸ばしながら相槌を打つ。 「隊長、この調子だと午前様ね…」 ふと寂しそうな表情を浮かべたマリアが小さく呟く。 「そう言えば、マリアは『ごめんなさい』の後に何を言うつもりだったんだ?」 「えっ…!」 マリアの表情が一転して真っ赤に染まる。 「例え親友でも、隊長は譲れないってかぁ?」 「カっカンナったら!!」 頬を染めながら否定するマリアの表情から、少しでも寂しさの色が消えているのを見て おどけながら笑みを浮かべるカンナの瞳が、優しく窄められた。 「あっ、カンナ。少し動かないで」 突然のマリアの言葉に、カンナは素直に動きをとめる。 ─ペロッ─ 頬に一瞬だけ感じた感触に、訳が分からないカンナは動きを止めたままマリアの言葉を 待つ。 「頬っぺたにチョコレートが付いていたわよ。カンナの言う絶品チョコを食べられなかっ たんだもの、今年はこれで我慢するわ」 舌先で軽く唇を舐めながら、悪戯な表情で微少するマリアを見て、カンナは自分が彼女 に先程の仕返しをされた事に気付く。 「なっ、なっな…」 自分でも判るくらいに頬が熱くなる。 「とっても甘かったわよ、カンナの作ったチョコレート♪」 軽くウインクされて、更に頬の温度は上昇していく。 「なっ、なんだよ、マリアばっかり・・・。それならアタイにだってマリアのチョコレートを 食べさせてくれよ」 何とか言い返そうと、カンナも言葉を返す…。 「それは難しいわね…。私は本命チョコしか作らないもの」 「う〜ん、ライバルは隊長かぁ…」 「強敵?」 「ふふっ、アタイは桐島 カンナだぜっ!」 自信満々に胸を叩いてみせるカンナに、マリアも笑い出す。 交わされる言葉に先程までの蟠りは感じられない。 感じられるのは、二人の間に流れる確かな絆・・・。 零時を告げる鐘の音が厨房に響く。 それでも二人のおしゃべりは終わらない。 深夜のお茶会はもう少しだけ続きそうな雰囲気だった…。 結局、マリアもカンナも互いに、どのような手紙を書いたのかは判らない。 だが翌年のバレンタインデーには、二人しか知らない「絶品チョコ」が別々の綺麗なラ ッピングを施され、帝国劇場に届けられたという…。 ─fin─

[Top]  [小説の間7]




inserted by FC2 system