離れずにあたためて


船が極寒の地の港を出て、今日で何日目だったろうか。
氷に覆われた白い海から見慣れた青い海へ変わり、やがて最後の港に到着した。
今夜は予定通りに港近くの宿で過ごす。


宿の廊下の窓が、既に夜の闇と星を映し出している頃
マリアは一室の扉の前で立ち尽くしていた


『大神さん』との確かなものが欲しい。
だけど
胸が痛くなるほど望むものが、すぐ近くにあることを感じるほどに憂鬱が高まる。
容赦なく刻まれていく時間に、焦燥が増す。


口づけは毎日のように交わした。
その度に感じる体温から離れがたく、どちらからともなく長い時間抱きしめあった。
しかし、いつも体を離すのはマリアの方から。
大神はロシアの彼の地へ赴いたマリアの心情を慮ってか、それ以上の行為へ誘うこともなかった。
そんな風に過ごしてきた旅の夜も、今夜で最後。
誰憚ることなく二人きりで過ごすことができる、最後の夜。


大きく息を吸うと、マリアは扉をノックした。
胸から飛び出そうなほどに高鳴っている鼓動のわけは、期待なのか恐怖なのか。




「マリア」
じっとソファーに座り俯いたままだったマリアは、驚愕したように一瞬体を震わせる。
大神はそれに気がつかない振りをして、いつものように穏やかな声をかける。
「暑くないかい?コート、よかったらハンガーに掛けるけど…」
「あ……すみません」
急いでコートを脱ごうとボタンにかけた手が一瞬とまった。が、それを振り切って、手早く脱ぎとる。
大神は手を伸ばしてそのコートをすくいとり、ハンガーにかけて、傍らのフックに吊るす。
部屋に来てから黙ったまま動かないマリアに目をやると、小さく息をついて、マリアの隣に腰をおろした。
マリアの膝の上では両手が固く結ばれている。大神はその片手をとりあげると、自分の両手で包み込み、とった手の甲に軽くキスをする。
マリアはそんな自分の片手をじっと見つめている。
心なしか、その唇が震えているように見えた。
大神はマリアの手を包む両手に少し力を込めて微笑み、幼子をなだめるように声をかける。
「大丈夫だよ」
マリアがひゅっと息を吸い込む音が聞こえた。

「じゃあ、最後の夜だし、思いっきり飲んで………」
「あの……!」
自分から言葉を発しておきながら、マリアは大神の目をまっすぐに見ない。
しかし、大神の掌に包まれている手は、力をこめて握り返していた。
「私は……純潔な体ではないのです」
大神は少しだけ不思議そうな表情したが、また元の微笑みに戻り、視線をそらしたままのマリアの瞳を見つめる。
「……俺も、初めてではないよ」
それでも、まだマリアは視線をそらしたまま。
「私は……初めてが、その……け、けがらわしい形だったんです……この身は、けがれていますし……今でもそれで………ご迷惑をと…思うと…」
金糸の髪で表情がみえないくらいにうつむいて、搾り出すように声を出している。
「……大神さんに、そばにいて欲しいんです……でも…どうしたらいいか……」

手を包んでいた大神の手が、すっと外れた。
マリアは息を呑む。

しかしすぐに顎をつかまれ、くい、と顔を持ち上げられた。

この部屋に入ってから、初めてマリアの視線が大神の視線と合った。
大神は、いつもと変わることのない力強くも優しさが垣間見える表情。
惹きつけられて離さない光を宿す漆黒の瞳。
「俺は離れていかないよ」
「……」
「だから、ずっと待ってる」

マリアの目が少し見開かれたが、そのまま呆気にとられたように動かない。
―― 動けない。

この人は
何故、そんな根拠のない強気なことを言えるのだろう。
何故、そんな言葉を、自分も信じたくなるのだろう。

マリアの視界がじわりとぼやけてくる。

「俺はマリア自身でもないし、女性でもないし、しかもこんな無神経な奴だから…」
マリアは、大神の手が離れて虚空に浮いていた両手を、大神の首の後ろにまわす。
そのまま、目を閉じて、自分から大神に唇を重ねた。

唇が離れると、しばらく二人は互いの瞳を見つめあう。

やがて 大神はすっと立ち上がり、一息ついた。
左手が、マリアの顔の前に差し出される。
マリアは黙ってその手を取り、導かれるままに立ち上がった。



ベッドに並んで腰掛けると、大神はマリアの肩を抱き寄せた。
「実は、お金で買えないひとを抱いたことはないんだ」
さらりと言ってのけるが、大神の耳は赤い。
「……気分が悪いとか、そういうことがあったら、我慢しないでくれよ」
それはたぶん、先程マリアが搾り出した言葉も受けてのこと。
「ありがとうございます」
マリアは大神の肩に自分の頭を預けた。
大神はそんなマリアの肩を抱いたまま、髪に口づける。

やがてマリアの顎が持ち上げられ、次の行為を受け入れようとマリアは目を閉じる。
唇に暖かいものが触れ、やがて唇を割って湿った熱いものが侵入し、マリアの舌を絡め取るように動いてきた。
同時に大神の右手でブラウスのボタンが外されていき、左手が腰や背中を這っていく。マリアの全身はさわさわと毛立ち、静電気を纏っているような感を覚えていた。
「……はぁっ……」
激しい口づけを交わしながら、体の中でざわめく波で荒くなる息に耐え切れず顔をずらすと、息と喘ぎ声を同時に発する。
唇が離れると、大神に押し倒されてベッドに仰向けにされた。
その上に覆い被さってきた大神の唇が鎖骨におとされ、熱い舌が粘液をまといながら首筋を這っていく。 露になった胸に唇がおりていき、片方の乳房の脇に軽く唇が当てられた。
「…いただくよ」
その乳房の先端が唇で吸われ、時々舐めまわされ、チロチロと水っぽい音をたてながら弄ばれる。 胸が締め付けられるようなかきむしりたい様な不思議なざわめきがおこり、じりじりと体の奥の芯を疼かせる。
もう片方の胸は、大神の掌の中で自在にこね回され、白い胸の頂にのせられた小さな果実に触れては緩く摘まれ、撫でられ、転がされる。
マリアの体の芯が熱く沸騰しはじめて、自然と体がくねっていく。
「ん…ぃやぁっ……!」
「いや?」
「…あ……いやじゃない、です……」
途端、自分の発言の意味を自覚したマリアの顔が、あぶられたようにカアッと真っ赤になった。
そんなマリアの顔を乳房をくわえながら上目で見上げ、大神はクスクスと笑う。
笑う口の中で動くものと吹きかけられる息で、マリアの胸の頂が余計にくすぐられ、固く丸く張りつめて、ますます刺激に敏感になってしまう。
「嫌じゃないのに嫌と言われてしまうと、俺も困ってしまうよ」
「すみ…ません………っ……」

こんな時でも堅い謝罪の言葉を発するのはマリアらしい、と愛おしく感じならがら、弄んでみたい悪戯心も湧いてくる。
そういえば、羞恥心からか快感に喘ぐ声も極力抑え込んでいるようで、時々儚げな声が混じる息が聞こえていた。
大神は逆の胸に唇を寄せて乳房の側面に舌を這わせ、胸の頂の飴玉を軽く歯噛みしてみる。
「…はぁんっ……!」
思ったよりも切なげな細く高い声が響いて、大神は飴玉を食みながらまたクスリと笑ってしまった。

その合間に、マリアの下半身を覆っていた衣服は全て取りさられていた。


大神が体を離して自分の衣服を脱ぎ捨てていく少しの間、マリアは自分の古傷まで照らし出す明るさを少しでもおさえようと、照明のスイッチがあるベッドの枕元へそろそろと後ずさっていった。
が、目的を達成する前に大神の手が腰にまわり、引きずり戻されて再び仰向けに寝かされ、腕を行儀良く両脇におさえつけられてしまう。
「……暗くして欲しいのですが……」
「なぜ?」
「…恥ずかしいので……」
「………却下」
「え」
「説得力がない」
「…そんな……!」
大神をのけようとするが、腕をがっしりとつかまれて動けない。
「暗くしたら、きちんと鑑賞できないじゃないか」

形の整った白く豊満な両胸。滑らかな曲線を描いてくびれる腰。しなやかに長く伸びる足。
マリアの裸体が一糸纏わず露になっている。

じっと体を見つめる大神の視線が痛くて、マリアは顔から火が出るような羞恥を通り越し眩暈を起こしそうだった。
「……あまり、見ないでください…」
「どうして?すごく綺麗なのに。」
「そんな……こんな…傷もあるし……」
「綺麗だよ。俺が言うんだから間違いない。」
美術品につけられた傷は芸術的な価値は損ねても、それが辿ってきた歴史を伺う記しとしては貴重なものだ。
一方で 、それが他を圧倒する完璧な美と芸術を誇るものではなく、柔らかく脆く暖かい人間らしさの証しでもある。
「……ずっと見ていたい気もするけど……」
肩にある傷跡の位置に口付けられ、マリアは一瞬息が止まる。


唇は胸の谷間や腹部にも付けられて、赤い花びらが散らされていく。
掌は再び胸を捏ね、やがて腰へ、下腹部へと這っていき、金糸の絨毯を抜けて足の間へ滑り込んだ。
「あ……駄目です、そこは……」
「『駄目』は、だめ」
「な………んっ…!」
太腿に力を入れて両足を閉じたが、大神の足に絡みつかれて隙間ができ、簡単に侵入されてしまう。
足の間に沸き出る泉に大神の指が触れると、マリアは体を震わせ、敷いてあるシーツを両手で握り締めた。
「すごい、あふれてるよ……ほら」
泉で泳いだ大神の指がマリアの眼前に示される。そこには水飴のような透明な液体が絡みついていた。
自分の中にある淫らなもの。
それを見せつけられて、マリアは眼前のものからフイと顔を背けてしまう。
「感じてくれてるんだね」
その言葉で羞恥心がさらに高められる。
頬を紅潮させながら、辛そうな嬉しそうな複雑な表情を作るマリアに、大神の欲情がまた高められていく。

指は泉から湧き出る蜜状の水をひろげていくように、その岸辺をそっと撫でまわしていた。
泉の水をすくっては岸辺に馴染ませ、時に刷り込むように小刻みに指が動く。
「…あっ……ぁ…」
マリアは下半身に滞留したマグマのような熱の塊を感じていた。それはどんどん膨張して、焦燥感とも切なさともつかない言い知れぬ感覚を呼び起こす。
自分が吐く息まで、熱い。
「……あの…ぁ……変に……なり…そうです……」
「俺につかまって。背中に腕を。」
シーツを握っていた両手を、おそるおそる大神の背中にまわす。
初めて触れた大神の素の背中はかたい筋肉で覆われており、滑るほどに汗で湿っていた。
「力入れていいよ。……俺がいるから、変になっても大丈夫…。」
すると、泉の岸辺の上部にある一点に指がおかれ、そこを集中的に小刻みに揉みまわされる。
「んあぁ……!」
マリアのそこに固まっていた熱のかたまりが膨張し、電流のようにピリピリと痛いような痺れるような感覚に変わっていく。
足が痙攣してガクガクと震える。
大神の背中にまわした腕に力をこめてしがみつきながらも、腰が浮き体がしなるのを抑え切れなかった。

間もなく電流が体じゅうをめぐり、芯を突き抜けて爪先までピンと張りつめる。
「ああぁっ…………!」
張りつめたものがはちきれた瞬間、目の前が真っ白になった。

全身の力がすうっと抜けていく。


大神は、まだ息が荒いマリアの唇に軽くキスをして、足の間に位置する泉に再び手を触れてみる。
そこはさっきの刺激でいまだ熱を帯び、泉は水を満々とたたえていた。
その泉の中に、ゆっくりと指を一本沈み込ませていく。
マリアはビクンと体を震わせ、大神の背中にまわした手に再び力がこもった。
「痛い?」
「……痛くは…ないです…」
艶々と濡れる唇から漏れる呼吸が、またさらに荒くなりはじめていた。
翡翠の瞳は潤み、憂いを含んだ熱っぽい視線で大神を見上げる。
大神はこみ上げる愛おしさとともに
早く、もっと奥に、自分を沈めたい
と急く己を必死でなだめる。
ゆっくりと指を動かしてみると、その壁が充分に潤って吸い付いてくる。
「ん…うっ……」
マリアは差し込まれた指に浮かされたように、腰を反らせてのけぞった。
沈ませた指の先に当たる奥の部分も充分潤っていることを確認すると、大神は指を引き抜く。
瞬間、マリアはわずかに体を震わせ、安堵したように大きく息を吐いた。

大神は上半身を起こし、マリアの細く伸びる白いふくらはぎをつかんで持ち上げ、両膝を曲げさせる。
その先の予感でマリアはきつく目を閉じ、体を硬くした。
「…力を抜いて」
そう言っても思うようにならないらしく困ったような表情をするマリアに苦笑して、大神は紅潮しているその頬に触れて唇を重ねる。
はじめはついばむように軽く、次第に深く、何度も唇の角度を変え、舌を舌に絡みつかせ、歯の裏まで舐めあげる濃厚な長い口付けをすると、やがて背中にまわすマリアの腕の力が徐々にぬけていった。

大神は、ゆっくりとマリアの中に己自身を突き立て、沈ませていく。

「…!…」
再び体を硬直させたマリアをきつく抱きしめて、しばらくそのまま動かない。
「…深呼吸して……」
マリアは言われるままに大きく息をした。

マリアの息が整ってくると、大神は腕に抱いていたぬくもりに未練を残しながらも、少しだけ体を浮かす。
そして、ゆっくりと、 腰を上下に動かしていった。
「はあぁ……ぁっ…!」
吐かれる息と共に、悲鳴とも歓喜ともとれるような甘くかすれた声が発せられた。

突き上げるたびに、普段では聞くことのない切なげな喘ぎ声が響く。
汗で額に張り付く髪も気にせず、マリアの白い腕は大神の腕に、背中に、力いっぱいしがみついてくる。
粘り気のある湿った音も、目の前の愛しい人と繋がっているという実感をさらに沸きたたせる。
その興奮で己の熱もいっそう高まる。
油断するとすぐに果ててしまいそうだった。
「マリア…大丈夫?」
「……なんと…いうか………中が…きついような……」
「俺もきつい。だから、ちから、ぬいてね」
「…っ……頑張って…みま…す………んっ……」
マリアはこんな時にもまだ律儀に、絶え絶えながらも返事をする。

やがて 大神の背にまわされた手に一層力が込められてきた。
マリアは息を弾ませて、すがるような目で大神を見つめてくる。
「も…だめ…で………はあぁっ……!
マリアの肢体が大神の下で弓のようにしなり、痙攣しはじめた。
大神も、もう限界だった。



マリアの体に倒れこんだ大神が体を離そうとすると、背中に回された腕に力がこもり、マリアの方が体を大神にすり寄せ、しがみついてきた。
「重くないかい?」
「いいんです……大神さんさえよろしければ、私はこのままが……」
大神は体を離すのをやめて、再びマリアの上に乗って抱きしめなおし、唇に軽くキスをする。
「マリアが全部俺のものになってくれた気がして、うれしいよ」
「そんな……以前から、私は……」
続きはあまりに小さな声で聞きとれなかった。
マリアは大神の胸の中に顔をうずめ、また小さな声でつぶやく。
「……でも、少し、恐いです……」
ぴったりと胸にうずめた顔を伏し、大神からはマリアの表情は見えなかった。

「恐い」の中には、いろんな意味が交じり合っているのだろう。
今はその一つ一つを溶かせるような言葉はかけてあげられないけれど

「俺を信じてほしい」


マリアは顔をあげ
まっすぐな瞳で見上げて
「はい」
と微笑んだ



この笑顔を守れるように
苦しみごと包み込んで
君がずっと彷徨い探していた処へ
連れて行ってあげられるように
誓おう

祈りを越えて






 




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