気のおけない友達








 ドアノブがまわって、誰かが入ってくる気配がした。
 目を覚ましたマリアは、寝ぼけた頭で、カンナだろうか、それとも大神だろうかと、ぼんやりと考えていた。こんな深夜に、ノックもなく忍んで来るのは、二人のうちどちらかしかいない。

 むき出しの肩に触れた手の感触と、夜気に混じるかすかな体臭とで、それが大神だと気づいたマリアは、わずかながらに失望した。
(ああ…隊長か…じゃああまり無下にはできないわね…)
「…マリア…」
耳元で、吐息とともに大神が甘く囁くのに、やむなくマリアは薄目をあけて微笑んでみせ、少し体をずらしてベッドの場所を空けてやった。
 今日は公演の疲れが残っていて、できるならぐっすり眠りたいところだった。カンナだったら寝かせてくれたかもしれない。少なくとも、そう言えば、「つまんねえの」とか言いながらも、抱き寄せるだけで済ませてくれたかも…。そんなことを考えながら、マリアは大神の口づけを受け、舌先が貪欲に入ってくるのに任せていた。
 大神の指が胸に触れてきて、マリアは反応しないわけにもいかず、小さく声を上げてみせた。胸の先からは確かな快楽が伝わってくるが、眠気で鈍った感覚では、声を堪えられないほどではない。何より、今からだが欲しているのは、快楽ではなく休息だった。
 でも、大神に「今日はちょっと疲れてるので…」などと言ったら、きっとひどく気を悪くするだろう。大神を傷つけたりしたくなかった。それに、あとでフォローする方が大変そうだと思った。
(男のひとって、どうしてこう、体のつながりを愛の最終的な形のように求めてくるのだろう…。おまけに、それがプライドと隣り合わせになってるものだから、やっかいだったらありゃしないわ…)
大神の首を胸元に抱きながら、マリアは口の中でひとりごちた。

 早く済ませて寝かせてほしい。そう思い、わざとねだるように腰をすりつけてみせる。すると大神は、マリアがあまり濡れていないのにもかまわず、いさんで入り込んできた。だが、マリアはその分少し痛みを感じ、眠気が散じて意識がはっきりしてきた。
(長くなったらいやだわ…)
内腿に力を入れて締めつけると、大神は呻いてあっけなく果てた。マリアはほっとして枕に頭を沈め、あともかまわず心地よいまどろみに戻ろうとした。
 だが、もの足りなげな大神が、自分の体を裏返して再びのしかかってきたのに、マリアは心の中で小さく舌打ちをした。
「ごめん、マリア、今度はもう少しがんばるから…」
大神の言葉に、自分のしたことが逆効果だったことに気づき、こっそりとため息をつく。これはもう、観念して、大神が満足するまでつきあってやるしかないだろう。
 マリアとて、はなから抱かれるのがいやなわけではない。大神の力強い腕の中でだけ得られる、悦楽と忘我のひとときは、やはり貴重なものに変わりなかった。だが、帰国してからこのかた、3ヶ月の空白を埋め合わせようとするかのように、暇をみつけては挑んでくる大神に、若干辟易していたのは事実だった。
(それに、こんなに疲れてて眠い夜は、なおさらだわ…)
うとうとしそうな頭から切り離した下肢を大神に預け、マリアはわざとらしくならないように声を漏らしてみせながら、もう一人の人物の顔を思い描いていた。


 カンナだったら…。
 カンナとだったら、もっと気が楽で、イヤならイヤって言えるのに。
 不平をこらえた本心と裏腹に、勝手に追い上げられて熱のこもる体をうっとおしく感じながら、マリアは頭の中で考えを巡らせていた。明日も公演があるというのに、この調子で来られたらたまらないわ。明日の晩はしっかり眠らなきゃ。
 そのためには…まずは明日遠回しに疲れがたまってると話して…でも心配させるのもいやだし、この人わりと鈍いところがあるから、もしかして通用しないかも。
 それならば…。





「カンナ、今夜泊めて」
ガウン姿のマリアが、枕とブランデーの瓶を抱えて カンナの部屋のドアを開けた。
「いいけど…どうかしたのか?」
カンナはタンクトップに下着姿で、ストレッチをしている最中だった。
「ここで寝たいのよ」
マリアはさっさと入ってくると、ブランデーの蓋を開け、ガウンのポケットからショットグラスを二つ取り出して、床に置き、注いだ。その一つをとって一息に呷る。
「お先に失礼するわ。おやすみなさい」
マリアは無造作にガウンを脱ぎ捨て、我が物顔で布団に寝そべった。
 白い猫のように長々と伸びをするマリアを見ながら、カンナはストレッチをやめて、自分もグラスに手をのばした。

「きのうはお取り込み中だったみたいだな」
「いやね…聞いてたの?」
マリアは、いとおしげに抱きしめた自分の羽枕から、少しあげた顔をしかめて見せた。
「ちょっと通りかかったらさ」
グラスをからにしたカンナが、マリアに寄り添うようにごろりと身を横たえる。
「…もう少し早く来てくれたらよかったのに…私、本当はとても眠かったのよ」
「それって、あたいだったら断ったってことか?」
「あなたなら、公演中で疲れてる舞台女優を無理矢理抱いたりしないわよね」
マリアはすまして言うと、白い胸をゆらして寝返りを打った。
「隊長にそう言やいいじゃねえか」
カンナが、大神の残したキスマークを指でたどっている。
「だめよ…そんなこと言ったら、きっと落ち込んじゃうわ、隊長」
「こうして逃げてきてりゃおなじなんじゃないか?」
「あなたと飲んでたら、寝ちゃったって言うわよ。聞かれたらね」
「ふうん…めんどくさいんだな」
「そうよ。いろいろ大変なの」
マリアの声は、だがどこか楽しげに聞こえた。

 肩や胸をなぞっていたカンナの指が、髪を梳き、耳に触れる。
「やめて。くすぐったいわ…」
マリアは逃れるようにカンナに背を向けた。その背中に、カンナが手を延ばして抱きすくめ、足を絡めてくる。
「重い…」
「どうすりゃいいんだよ」
「だから、言ってるでしょ?私は眠いのよ…」
「ちぇっ。自分から来ておいて、そりゃねえだろ」
「じゃあ、好きにして。私は知らないから」
「…勝手なヤツ」
カンナはふんと鼻を鳴らすと、遠慮なく手を回してマリアを抱いた。

 カンナの大きな手のひらが、ゆっくりと肌を撫でていく。
 カンナの素朴な愛撫は、心地よく、安堵感をもたらしてくれる。マリアは眼を伏せて満足げに喉を鳴らした。
 まるでひなたぼっこをしてるみたいだわ。
 マリアは思った。
 もっと撫でて。もっと、その暖かい手で触れて…。

 カンナのほうが気が楽でいいわ。
 カンナはしたいようにして、私はされたいようにされていればいい。だって、私たちの間にはお互い下手な気遣いなんていらないもの。
「いい、気持ち…。このまま眠ってしまっても、いいわよね?カンナ…」
うっとりと呟くと、カンナが苦笑するのがまぶたの向こうで感じられた。



《了》






なんだこりゃ。



[Top] [とらんす書院]

inserted by FC2 system