今宵一夜の








 帝劇の玄関で、肩につもった雪を払い、恋人達は視線を交わして微笑みあった。
 もう12時を回った深夜なのだ。仲間たちの眼を心配することもなく、二人で寄り添いながら階段を昇った。テラスの前を横切って、回廊になった廊下を、時間を惜しむようにゆっくりと歩く。
「では…隊長」
「待って、マリア!」
行き着いた隊長室のドアの前で、大神がはっとマリアの手を握って呼び止めた。
「その…ちょっと、…寄っていかないか…?」
大神の眼差しは真剣だった。ごくりと喉をならし、手のひらに力を込める。
「今夜は…君と一緒にいたい…」
マリアは呆然と大神の顔を見つめていた。だが、ほのかに頬を染め、ふわりと微笑んだ。
「ありがとうございます、隊長……。……でも……」
マリアはそっと大神の耳元に唇を寄せて、何かささやいた。
 大神の顔が、朱を吹いたように真っ赤になった。言葉もなく立ちつくす男に、花のような唇が婉然と笑った。
「では、おやすみなさい。隊長…」



 ドアを閉じると、マリアは自室と反対の方向に向かって歩き始めた。そして、テラスの扉をおもむろに開けた。
「いつまでそこにいるつもり?」
目的の人物は、テラスの隅で、粉雪にまみれ、寒さをこらえるように大きな体を縮めていた。
「遅かったな。どこまで行ってたんだよ」
カンナがぼそりと言った。
「近くに教会があるから行ったのよ。二人でお祈りしてきたわ」
「何を?」
マリアはふっと笑った。
「…帝都の平和、よ」
「ちぇっ。嘘つきめ」
しゅんと鼻を鳴らして、カンナはそっぽを向いた。
「いいから中に入りましょう。冷え切ってるじゃない」
マリアに促されても、カンナは憮然としたまま動こうとしなかった。
「こんなにつめたくなって…服も濡れてるわ。ちゃんと着替えなきゃだめよ」
カンナの両の手のひらをとって、マリアは頬に押し当てた。氷のようなカンナの指先が、マリアの頬のぬくもりに溶けていく。だがカンナはすねた表情のまま言い返した。
「やだね」
「何だだっ子みたいなこと言ってるのよ。風邪をひいてもしらないわよ」
「じゃああんたがあっためてくれよ」
カンナはマリアの頬から手をもぎ離し、いきなり胸元に突っ込んだ。
「きゃあっつめたい!」
「へへっ、こっちのほうがあったかくて気持ちいいや」
マリアは必死に息を整え、服の上からカンナの手を押さえた。
「や、やめてよ、カンナ…!こんなところで…」
「じゃあマリアの部屋にいれてくれよ」
「ずいぶん強引なのね」
「あたいの部屋、ストーブ壊れてんだよ」
「もう…しょうがないわね…」
軽くにらむと、マリアはそろそろとカンナの手を引き抜いた。


 ベッドにカンナを座らせ、雪を吸って重くなった服を脱がせた。自分のバスローブを羽織らせ、濡れた髪をタオルで拭いてやる。
「寒いよ、マリア…」
抱きついてくるのを、マリアは穏やかに制した。
「だめよ。ちゃんと拭いてからでなきゃ…」
「早くあっためてくれよう…」
「カンナったら…」
遮る腕を振り払い、カンナはマリアのブラウスのボタンをはずすと、手を差し入れて握りしめた。
「つめた…っ」
「我慢してな…ふうう…あったまる…」
そのままマリアを押し倒して、衣服を脱がせながら、頬を、胸を押しつける。マリアがつめたさに息を詰めるのにもかまわず、むき出しになった白い脚に自分の脚をからめた。膝を割って、太股をぐいぐいとこすりつける。
「ひっ…」
「つめたいか?マリア」
息を飲むマリアを抱きしめて、カンナが楽しそうに顔をのぞき込む。
「じっとしてろよ…あー気持ちいい…あったかくて、やわらかくて…マリア湯たんぽだ。へへっ」
「調子に乗らないで、カンナ」
マリアが怒ったようににらみつけた。
「あたいはあんたを待っててこんなになったんだからな。あっためてくれても当然だろ」
「私は、あなたがテラスにいるのが見えたから、隊長が部屋に誘ってくれたのを断ってきたのよ!」
カンナが眼をぱちくりとさせた。マリアは頬をふくらませて、憤然とカンナを見返した。
「へへ…そうかあ…。そりゃあ悪かったなあ」
ちっとも悪くなさそうに、カンナは子供のようににいっと笑った。
「でもよく隊長が納得したな。何て言って断ったんだ?」
マリアは思い出したようにようやく頬をゆるめ、くすりと笑って、カンナの耳元にささやきかけた。
「今日はだめな日なんです、って言ったのよ」
カンナはぷっと吹き出した。
「はは…そりゃ隊長、困ってただろ」
「赤くなってたわ」
「おまえが笑っちゃ悪いだろ?ずるいやつだな」
「何言ってるの」
カンナはマリアの顔を押さえ、鼻先を近づけた。
「でも、あたいとならいいんだよな」
「しょうがないでしょう?ああ、惜しいことをしたわ…隊長のほうがよかった」
ぼやくマリアの頬を軽くげんこつで小突くと、カンナはそっと唇を落とし、重ねた。
「埋め合わせはしてやるよ…」




「…なあ、サンタクロースってほんとにいるのかな」
「何…?いきなり」
マリアは疲れたのか、眠そうだった。
「いや、ほしかったプレゼントが手にはいったからさ」
「湯たんぽでもお願いしたの…?」
楽しげなカンナと裏腹に、マリアはつまらなそうに息を吐きながら寝返りを打った。


 カンナにとって、帝都に来るまでは縁のなかった、異国の神様の誕生日。
 それでも、あたたかく、楽しげで、祝福のもたらされるイメージは共感ができた。
 だから。
 みなが贈り物を手に喜びに包まれて眠るこんな夜は。
(あんたといっしょに過ごせますように、ってお願いしたんだ)
背を向けて眠るマリアに、カンナは口の中でささやきかけた。
(いつも、いつまでも、とは言わない。今夜だけでもいい。アイツのところでなく…この腕の中に…あたいのそばにいてくれたらって…)
白いなだらかな背中に、カンナは小さくつぶやいた。
「…悪かったな。その…」


 マリアはゆっくりと向き直ると、腕を伸ばして、そっとカンナの頭を抱き寄せた。
「…いいのよ。あなたが風邪をひかないでくれれば、ね…」
その声が思いの外やさしげだったので、カンナは涙ぐみそうになった。
 窓の外ではしんしんと白い雪が降り続けていた。
「大丈夫さ。こんなに、あったかいから…」


 もっとも、約1名、割りを食った人間が代わりのように風邪をひいたのは余談である。







《了》






なんだこりゃ;;



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