迷い
彼女はその気配を逃さなかった。 左脇、やや高めに吊ったサム・ブレイクのショルダー・ホルスターから愛銃を一挙動で引き抜いた。深いガンブルーに染められた鋼鉄の固まりは、照明の光に鈍く映え、彼女が抜き放つ動作に従って雷光にも似た流線を描いた。 エンフィールド・マークT・スター・改。 オリジナルのバレルはブル・バレルに取り替えられ、その下部にはバレルの全長に沿って、シュラウドを兼ねたカウンター・ウエイトが取り付けられている。デ・ボーンド・ハンマーはボーンド・ハンマーに換装され、シングルアクションでも使用できるようになっていた。その結果、本来は華奢ですらあるシルエットは、重厚な大形リボルバーに変じていた。そしてその豪放な外見とは反対に、内部のパーツはフィールドでの酷使に耐えられる限度まで磨き上げられ、抜き放ってから発砲までの流れを一瞬でも損なうことがないよう、細心の調整が成されていた。 カウンター・ウエイトによって銃の重みは20%近く増加していたが、彼女は、その重みとそこから生じる慣性を逆に利して、抜き放った動きのまま、標的をぴたりと照星の上に乗せ、静止させた。 5フィート以内の近距離戦闘射撃において、問題なのは正確な見出しよりも、より迅速に標的を照星に捉えることにある。 彼女は経験からそれを会得していた。 一瞬、彼女の指はトリガー上でタイミングを計った。 「マリア!」 背後から大神が叫んだ。その叫びを敢えて無視し、僅かに半面を歪めて、彼女はトリガーを絞った。 轟音、衝撃波。 一瞬で全てが終わった。 「マリア・・・・」 彼女は銃を下ろし、砕け散った標的を見た。蔑んだ色が瞳に浮かんだ。 「マリア・・・」 大神が半ば泣き声で繰り返した。 「だからそれでゴキブリを撃つのは止めろって、いつも言ってるだろ?」 「んもー、あとかたずけ大変なんだよおお。」 口を尖らせてアイリスが非難した。 それをてんで聞こえないふりをして、 「敵を撃つのに、迷いがあってはいけない・・・・」 とつぶやき、マリアは厨房を後にした。 今度から、マリアには普段空気銃を持たせよう、と大神は決心した。 問題は、それをいつ、どうやって言い渡すか、なんだけど・・・・
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