知っていた。本当はずっと。
 望んでいた。こうなることを。
 でも、それは本当は望んではいけないこと
 本当は、なってはならないはずだったこと
 でも、望んでしまった
 私は、あなたと一つになりたい


 トントン・・・トトン
 変わったノックの音がマリアの部屋に響く。それに気づいて、マリアはこっそりほくそ笑んだ。
「どうぞ。鍵は開いてるわ」
 少しだけ間があって、躊躇いがちにドアが開いた。少し困ったような顔で現れたのは、レニだ。
「どうしたの?」
 いつもより、誰に対してよりも優しい声で、そう尋ねる。それは、マリアも少しは自覚していた。
(仕方ないなぁ)
 そう、内心苦笑しながら。
「あ、あの・・・なんとなく、マリアの顔が見たくて・・・それで・・・」
 恥ずかしそうに視線をそらしながら、レニにしては珍しいほどうろたえながらそう言った。
 可愛い。
 素直に、マリアはそう思った。
「あら、光栄ね。レニに、そんなこと言われるなんて」
 にこっと笑ってみせると、レニはかーっと赤くなった。
「ちょうどよかったわ。今日、いいお酒が手に入ったの。一緒に飲まない?」
「ボクは・・・飲めないから」
「大丈夫。甘くて口当たりのいいものだから、貴女でも飲めると思うわ。付き合ってくれない?」
 レニは、少し考えてしまっている。気になっているのは、たぶん、このあいだの初詣に行った時のことだろう。 
 お酒に弱いらしいレニは、お屠蘇を飲みすぎて酔っ払ってしまったのだ。普段のレニからは考えられないような態度を取りつづけたレニに、花組一同呆然とさせられた。
 その後正気に戻ったレニは、半分ほどしか記憶になかったらしいのだが、カンナや織姫がそのことをおかしそうに話すと、「・・・ごめん」とだけ言って、まる一日、部屋に閉じこもって出てこなかった。どうやら、相当にショックだったらしい。
「嫌なら、無理にとは言わないけど?」
 あまり長い間考えてしまっているレニに、マリアの方が折れた。
「嫌じゃないけど・・・マリアに、迷惑かけるかもしれないから」
「あら、大丈夫よ。酔っていきなり壁にまわし蹴りするようなことがなければ」
 以前マリアの部屋で飲んだとき、酔っ払ったカンナがいきなり壁に向けてまわし蹴りをはなったらしい。それ以来、カンナはマリアの部屋で飲酒は禁止されているらしい。
「・・・じゃあ、飲んでみたい」
 困ったような顔をしながら、レニが言った。マリアは、よかったと言って笑い、レニを招き寄せる。ちょこん、と、ベッドに座るレニに、ワインとミルクを半々程に入れてやる。
「何、それ?」
「カシスミルク。甘いから飲みやすいと思うわよ」
 コップを手渡されながら、なぜミルクがこの部屋にあるんだろう?と思った。マリアが飲むのはウォッカやジンといったアルコール度の高い酒のはず。こんな風に、ミルクで割って飲むはずがない。
(もしかして、ボクが来るのを待っててくれたのか?)
 そこまで考えて、レニは軽く頭を振った。あまりにも都合のいい考えだからだ。
「いただきます」
 おそるおそる口にしたカクテルは、確かに甘くて飲みやすいものだった。
「どう?」
「うん、おいしい。ジュース感覚で飲める」
「よかった。ちょっと、レニには甘いかなって思ったの」
 にこっと笑うマリアに、レニはドキンとする。
 レニは、マリアが好きだった。自分に似ていて、どこか親近感がもてる人。そして、女の自分が憧れるほどの整った顔と、優しい性格。理想の女性。それが、マリアだった。
(ボクは、女としての魅力なんてないから・・・)
 小さく、ツキンっと痛んだ胸の痛みをごまかそうと、再びレニはカクテルに口をつけた。
 そんなレニを見ながら、マリアは自分のコップにウォッカを注ぐ。
「おいしい?」
「うん」
「もう少し、飲む?」
「・・・うん、欲しい」
 頬を赤くしながら、レニがコップを差し出した。どうやら、すでに酔いはまわっているようだ。
 仕方ないなぁと思いながら、マリアは先ほどよりもミルクの分量を増やしてレニにわたしてやる。
「ねえ、まりあ?」
「なぁに?」
「マリア、ボクのこと好き?」
「ええ、好きよ」
「ボクも・・・マリアのこと好きだよ」
 嬉しそうに笑って、レニはマリアに抱きついてきた。酒のせいでほんのり熱くなったレニの身体から、いい香りが立ち上る。
「マリア・・・いい匂いする」
「え?」
「いー匂い。それに、あったかくて柔らかくって・・・気持ちいい」
 猫が甘えるように擦り寄るレニの髪を、マリアはそっと撫でてやる。
「や、んっ」
「え?」
 マリアの指先が、レニの首筋に触れたとたんに、レニがびくんっと肩を奮わせた。ただ、髪を撫でていて、触れてしまっただけなのに。
「レニ?」
 こてん、と、肩の上に頭を乗せる。
「首は、触っちゃヤダ。くすぐったいもん」
 むすっとしたような目でマリアを見つめる。どうやら、恥ずかしかったようだ。
 そんなレニの表情に、マリアはかっと熱くなった。それから、とんでもない想いがマリアの心をわしづかみにする。
 ジャア、モットツヨイシゲキヲアタエタラドウナル?
「まりあ・・・?」
 固まったまま動かないマリアに、レニが首を傾げて聞いてきた。とろんとした瞳は潤み、頬は紅潮している。半開きになっている唇は、妙に色っぽくて。
「レニ・・・」
「え?」
 レニの唇が、柔らかいものでふさがれる。目の前にあるマリアの綺麗な顔にドキっとして、レニは慌てて目を閉じた。
「ん・・・」
 震える手で、マリアの服をつかむ。マリアは、片方の手でレニの小さな手を包み込み、もう片方の手を柔らかい銀髪に指し込み、頭部を固定する。
「ふっん・・・んくっ」
 時折洩れ出るレニの熱い吐息に、マリアはとうとう誘惑に負けた。
「ん、んっ!?」
 レニの唇を割って、マリアの舌がレニの口内に侵入してきた。逃げ出そうにも逃げ出せないレニの舌を絡めとり、ちゅっと吸ってやると、レニはぴくんと細い肩を振るわせた。
「ん、ん・・・んっ、く」
 必死で逃げようとするレニの口から、飲みきれない唾液が零れる。それは絶えず動く喉もとを伝い落ち、服に染み込んでいく。
「や、は・・・マリ、んっ」
 どさりと、ベッドに倒れこむ。完全に逃げられなくなったレニは、ただマリアの刺激に耐えるしかなかった。
「は、はぁ・・・ふ、く・・・」
 ようやく解放された小さな口が、酸素を求めて小さくあえぐ。肌は紅潮し、身体からは力が抜けている。
「マリ、ア・・・今の、なに?」
「・・・ごめんなさい、レニ。ごめんなさい・・・」
 ようやく我に返ったマリアは、レニを抱きしめて詫びた。
 自分は、この幼い少女になんてことをしようとしたのだろう。
 後悔に苛まれるマリアの背に、レニの腕が回された。
「レニ?」
「謝らないで、マリア・・・ボク、今すごく気持ちいいから・・・」
「え?」
 マリアが顔を上げると、レニがどこか夢うつつな顔で嬉しそうに笑っていた。
「なんだか、ほわほわしてて、気持ちいいんだ。ね、マリア。もっとして」
「レニ・・・」
「ねえ、マリア・・・」
 今度は、レニの方からキスをする。まだやりかたがよくわからなくて、戸惑いながらマリアの口内に舌を伸ばす。
 恥じらいながら、それでも必死に自分を求めるレニに、マリアは深く口付けてやった。

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