みんな大好き
「おはようございます、マリアさん」 部屋を出るなり、さくらの潤んだような熱い眼差しと目が合って、マリアは今日が月曜日だと気づいた。 「一週間、長かったです…。でも、やっと私の番が回ってきたんですね♪」 瞳をキラキラさせて、さくらが胸の前で手を握り込む。 「…ああ…そうね…また今日から一週間が始まるのね…」 マリアはため息をつきながら、けだるさの残る体をのろのろと階下まで運んだ。その後を、金魚のふんよろしくさくらがべったりとついてくる。 「今夜、楽しみにしてます…なんてあたしったら…きゃっ♪」 頬を染めるさくらに、マリアはげんなりと肩を落とした。 「さ、マリアさん、すわってください。ご飯よそってあげますね。今お茶もいれますから」 かいがいしく世話を焼くさくらをよそに、マリアがぼそぼそと箸を運んでいると、 「よ、マリア、ちゃんとメシ食ってるか!?しっかり食わないと体がもたねえぞ!」 カンナが通りすがりにばんばんと背中を叩いたので、マリアは飲んでいた味噌汁を噎せてしまった。 (だ、誰のせいだと思ってるのよ…) 涙を浮かべて咳き込みながら、マリアは口の中でこぼした。 「カンナさん!気安くマリアさんに話しかけないで下さいよ!」 「いいじゃねえかよちょっとくらい。けちけちすんな」 「今日はマリアさんはあたしのものなんですからね!」 さくらが腰に手をあてて胸をそびやかす。 「でも明日はあたいのもんだからな。マリア、待ってろよ。明日はあたいがた〜っぷりかわいがってやるからな♪」 「あさってはボクの…」 「あ、マリアはん、ウチは『ないすばでぃくん改』を用意して待ってるで〜〜♪」(※) カンナに続いて、いつのまにか背後に寄ってきていたレニが静かにつぶやき、同じく紅蘭がからからと笑いかけた。 「ああ…困ったわ…どうしてこんなことに…」 マリアは軽い目眩を覚え、額を押さえて呻いた。 大神が巴里へと旅立って、はや半年。 花組の乙女たちが今まで大神に向けていた思いは、行き場を失い、宙に浮き、持て余され有り余っていた。 その思いをかわりに向けるべくして向けられたのが、副隊長にして隊長代理のマリアだったのは、やはり当然のことだったと言えよう。ここ突っ込まないように。 マリアを巡る激しいつばぜり合いの結果、7人の乙女たちが1週間を日替わりで「マリア権」を分かち合うことになり、今ようやく帝劇はかろうじて平和を保っているのである。 この権利は、もちろん夜間も濃厚に有効で、マリアは仲間たちの奥深い愛を夜毎一身に受ける羽目になったのだった。というか今やもうみんなそっちが目当てと化している。 「みんな花組の平和のため…これも副隊長のつとめ…。花組のことはお任せ下さい、って言っちゃったのだし…」 マリアはいつものようにぶつぶつと自分に言い聞かせた。 「仮にもみんな私に好意を持ってくれてるのだし……隊長が帰ってくるまでの間だけ…」 私ひとりが少しだけ我慢すれば…と、マリアは持ち前の自己犠牲精神を発揮して、その身を挺しているのだった。 「ああ…でもとてもカラダが持たないわ…カンナは乱暴だしさくらはしつこいしレニは遠慮がないし…」 「マリアはん、精の出るドリンク剤もあるで♪これ飲んでがんばってや♪」 「…紅蘭は命がけだし…」 ぐつぐつと泡立つ不気味な液体の入った小瓶を渡され、マリアはどんよりと息をついた。 「あ、あと、え〜きもちになる薬も開発中なんや〜〜♪合わせて試してみよか♪」 「きゃは♪ジャンポールもマリアと遊びたいって♪」 「美しいものを愛でるのは淑女として当然のことですわ〜おっほほほ♪」 「マリアさん、ワタシのイッタ〜〜リア仕込みのテクニックでたっぷり遊んであげマ〜ス♪」 「隊長…早く帰って来てください…」 さらに寄ってきた仲間たちに隠れて、マリアは涙目でそっと手を組み合わせた。 その時。 「ただいまーっ!」 玄関のほうから聞き覚えのある声がした。 「あ、あの声はまさか…!」 マリアが眉を開いてぱっと顔を輝かせる。 駆けてくる足音のあと、バタン!と食堂の扉が開き、紅いスーツの大神が姿を現した。 「ただいまマリア!ヤリた…いや、会いたかったよ!」 「なんか今思いっきり露骨な本音が…」 息せき切って走り寄る大神から、マリアは思わず身を引いてしまった。 「あっほら、久しぶりの日本語だから忘れちゃったんだよ!あはははは」 慌てて笑ってごまかす大神に、織姫が冷たく言い放った。 「あ、中尉サン、帰ってきたデスか〜?ザ〜〜ンネンでした。マリアさんの1週間の予定はもう決まってるデ〜ス!」 「ええっ!?ど、どういうことだい!?」 「かくかくしかじか、そんなわけで、今更隊長の入る余地はない…」 レニが淡々と説明する。 「そんな…」 愕然とする大神を見ながら、マリアは恥ずかしさに真っ赤になり、怒られるだろうか、嫌われるだろうかと恐れおののいていた。 「頼む…俺も混ぜてくれ!」 マリアはぐしゃりとこけた。 「た、隊長…何を…」 どうにか起きあがると、 「しょうがないですわね…じゃあ、祝日は特別編成で中尉さんということにいたしましょうか」 すみれの言葉に、大神が不満げに口をとがらせた。 「それって少ない…」 「日曜は振り替えあり、三賀日は三日連続ですわよ」 「よしっ!」 「そこで納得しないでください!」 拳を握る大神に、マリアは泣いた。 「そうですよ!振り替えありじゃあ、月曜のあたしが一番不利じゃないですか!」 「さくら、そうじゃなくて…」 頭を抱えてマリアは唸った。 「みんな、隊長がこうして帰ってきたんだから、もう私を解放してよ」 マリアは深呼吸して気を取り直すと、説得を試みた。 「…あたい、やっぱマリアがいいな」 「ボクも」 「あたしも、マリアさんのほうがいいです」 「マリアはんの胸は捨てがたいわあ」 「今さら無粋な殿方など、興味ないですわ」 「マリアのほうがやわらかくて気持ちいいもん♪」 「ニッポンのオトコ、やっぱりど〜でもいいデ〜ス!」 「そ、そんな…」 大神とマリアが一緒になって青ざめた。 「みんないい加減にして!私はみんなのおもちゃじゃないのよ!」 ついにマリアは真剣に怒って見せた。 「じゃあ、一人だけならいいってことだよね?」 「あのねアイリス、そういう問題じゃなくて…」 ぐったりしながら諭そうとすると、 「よしっ!じゃあ勝負して決めようぜ!マリアはいったい誰のものか!」 カンナが鼻息荒く叫んだ。 「どうやって勝負するんですか?」 「決まってるじゃねえか、一晩で何回マリアをイかせられるかだよ!」 ぶっ!とマリアは噎せ込んだ。 「おっほほほ…我が神崎家に伝わる秘技、たっぷりとごらんにいれて差し上げますことよ」 「アイリスだって負けないもん!」 「下手は下手なりにがんばるしかありません!」 「え〜きもちの薬を致死量ぎりぎりゆうたら…ぶつぶつ」 「巴里での勉強の成果を見せてやる!」 「つ、つきあってられないわ…」 息巻く集団の陰で、マリアはこっそりと後ずさりした。 「あっ!マリアさんがこそこそ荷物をまとめて逃げていくデ〜〜ス!」 「なにい!?」 気がついた仲間たちが一斉に振り向くのに、マリアは唐草模様の風呂敷包みをしょって後も見ずに駆けだした。 「マリアさん!逃がしませんわよ!」 「マリア〜っ!愛してるぜ〜〜っ!」 「待ってくれマリア!せっかく帰ってきたんだから、せめて一回くらい…」 「お願いっ!見逃して〜〜!」 夕焼けに向かって駆けるマリアを、仲間たちがどこまでも追いかけていく。 その夕焼けの向こうに、マリアの輝く明日があったかどうかは誰も知らない…。
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