乙女たちのサンバ




「大神さ〜ん、ショッキングピンクと金ラメ入りとドドメ色のマフラー、どれがいいですかあっ?」
「少尉〜!お茶の時間ですわ〜!ルイボスティーにどくだみ茶、青汁もありましてよ!」
「隊長、今日と言う今日は、ビリヤードで私に勝つまで離しませんからね」
「お兄ちゃ〜ん!アイリス12歳とは思えないくらいバカだから勉強おしえて〜!」
「隊長!また食いっくらしようぜ!鍋いっぱいのヤギ汁が匂い強烈だあっ!」
「大神はん、駄洒落ネタぎょうさんしいれたんや。たっぷり笑かしたるわ」
「少尉サ〜ン!屋根裏で独りごと言いマスから、続きを聞いてクダサ〜イ!」
「隊長…フントが一緒に遊びたいって…」

 今日も、帝劇内に、花組隊員たちの色とりどりな声が響いている。…響いているだけならまだよいが、大神を追い回すその怒涛のような勢いは、しばしば帝劇の一般客を跳ね飛ばし、備品を壊し、舞台に支障を来たすことすらあったりするまでになっていた。
 見兼ねたかえでに、花組の乙女たち八人が召集をかけられたのは、無理からぬことといえよう。

「最近花組内の規律が乱れていること甚だしいわ。ひとえにあなたたちの大神くんの取り合いが、エスカレートしているからよ」
背後に大神を守るようにしながら、かえでが眉間に皺をよせ、こめかみを揉みながら言った。
「す…すみません…反省してます。私が副隊長としていたりませんでした…」
「えーっ、だってーおにいちゃんはアイリスの恋人なんだよ〜」
「お子さまが何をいってるんですの?」
「大丈夫です。大神さんの本心は、あたしわかってますから」
「おめえ、そーゆーのを最近じゃすとーかーってんだぜ」
「ストーカー…異常な執着をもって相手につきまとい…」
「エエ〜蓄音機についてるんじゃないのデスカ〜?」
「そりゃスピーカーや!」
「…あなたたち、私の話を聞いてる?」
かえでの頭上にしずかに湯気が立ちのぼり、隊員たちはそれぞれ眼をそらしたりうつむいたり口笛をふいたりしてごまかした。

 やれやれ、というように溜め息をついて、かえでがこぼした。
「まあ、あなたたちの気持ちもわからなくはないけど…色気づいた女の子たちが八人も寄せ集まってるのに、身近なオトコといえば他にはよっぱらいのオヤヂとホモの三人組とギターを抱えたお調子者…雑用係でも万年少尉でも、のこった大神君がまだましといえばまし…不憫だわ」
そっとハンカチで目頭を押さえるかえでに、
「もしもし?かえでさん、なんかいろんなこと言ってませんか?」
大神が小声でささやく。
 それを無視して、振り払うように、きっ、と顔をあげ、かえでが宣告した。
「あなたたちも、仮にも帝国華撃団花組の隊員なら、公平に、正々堂々、勝負して決めなさい」
「勝負〜!?」
全員が素頓狂な声をあげた。
「愛とは、戦って勝ち取るものなのよ…あっ、ま、まだよ!話は最後まで聞いて!マリア、銃をしまいなさい。さくらも剣をおさめるのよ」
汗を拭いてかえでが続ける。
「まずは二組にチームわけをして光武で戦闘、そのあと勝ち抜き戦で残った者に、晴れて大神くんとのおつき合いを認めましょう…」
「ぐーぱーじゃす!決まったわ!」
かえでが言い終わるより先に殺気だったマリアの音頭でジャンケンがすでに行われており、その結果、
マリア・さくら・織姫・レニ。
カンナ・すみれ・紅蘭・アイリス。
の2チームに別れることになった。
「いくわよ!御殿場の演習場に集合!」
「おうっ!」
気合い満々の閧の声とともに、全員がいっせいにダストシュートにむかって駆け出した。
「アイリス、頑張るよ!」
「ワタシを見ていてクダサ〜イ!」
「大神さんのためなら、あたし死ねます…!」
「あれえっ!カンナさん!?私の着物の裾を踏みましたわねっ!」
「ずるずる着てるおめえがいけねえんだよこのヘビ女!」
「私を踏んだのは誰!?」

「は…ははは…みんな、頑張ってね…」
見送って手をふりながら、大神が疲れたような、乾いた笑いで返す。その胸に一抹の疑念が去来した。
(ところで、俺の意志って…反映されないの?)



 三人娘が調子に乗って作った、「かえで杯大神さん争奪トーナメント花組大会」というわけのわからない垂れ幕のかかげられた富士山の裾野で、陽の光を浴びてきらめく四機ずつの光武が対峙した。
「戦闘、開始!」
かえでの合図で、全員が、がしょんがしょんと同時に移動を始める。
「みんな、相手チームで一番手強いのはカンナよ。通常攻撃でも一撃でやられてしまうわ。まずは全員でいっせいに遠距離攻撃するのよ!」
「おいっ!マリア!それが数年来の親友への態度かよっ!」
「悪いわねカンナ。友情と勝負は別よ!」
「ちっきしょうっ!直接攻撃しかできないあたいがいちばん不利じゃねえかっ!」
カンナの怒声を尻目に、マリアは操縦席でセコく笑った。
「ふふふ、一番リーチが長いのはこの私…とりあえず5マス離れてさえいれば、誰にも攻撃されることなく戦えるわ」
「甘いで、マリアはん!隣に誰かおったら、うちは5マス目でも攻撃できるんや!」
「ええっ!?」
気づくと、いつのまにかさくらの隣に立っている。そのさくらが紅蘭から4マス目で…ちゅどん!
「そ、そんな…」
「マリアはんみたいな、庇ってもらわんとよう戦えんような耐久値の低い人は、さっさとひっこんでてや」
「紅蘭っ!言ってくれるじゃない!」
「ほんまのこっちゃで。弱すぎて、使えるようでさっぱり使えへんゆうて、大神はんぼやいてましたで〜!」
「そっ、そんな…隊長が…っ!!」
「他にもカラダだけの女とか、脳みそ胸にあるとか、自分よりでかい女はいややとか…」
「い〜かげんにしろよ紅蘭」
が〜ん、が〜ん、と勝手に頭に衝撃音を響かせながら凍りついたマリアをよそに、紅蘭をどついたカンナが、次はさくらに向きなおった。
「おいっさくら、隊長のパンツ1枚くすねたことバラされたくなかったら、あたいに剣を向けんじゃねえぞ!」
「ななな、なにをいうんですかっカンナさん!じゃああたしだって、カンナさんが大神さんのお風呂のぞいてたこと、いっちゃいます!」
「あ、あれは、体が勝手に」
「カンナさん!そんな言葉で許されるのは少尉だけですわよ!」
「不潔だ…」
伝声管を通してやり取りを聞いていたかえでは頭を抱えた。
「あなたたち、やる気あるの…?」

「そうデ〜スまじめに戦うデ〜ス!さくらサン、しっかりカンナさんをおさえててクダサ〜イ!」
「あっはい、織姫さんにまじめに戦えなんて言われたくないけどわかりましたっ!」
「行くデ〜ス!クワットロ・スタジオーニ!」
「離せさくらっ!うわあっ!」
「きゃあっ!織姫さん、同じチームのあたしまでどうして…」
「ふっふっふ〜!きのうの友は、今日の敵デ〜ス!少尉サンはワタシが貰うデ〜ス!」
「や、やりましたね織姫さん!卑怯ですよ!」
怒りに燃えたさくらが、懐をさぐって不敵な笑みを浮かべた。
「うふっ、あたしには秘密兵器があるんですからね。じゃーん!こんな時のために用意しておいた藁人形!あたしと大神さんの仲を邪魔するものはなんぴとたりとも許さないっ!」
「どっちが卑怯ですの!!」
「まったく、おめえらしいよ」
「破邪の血って、いろいろできるんやなあ〜」
「これに、密かにお風呂場であつめたみなさんの髪の毛をまきつけて、いきますよ!まずこの長い黒髪は織姫さん!この五寸釘でぶすりと…きゃあっ!!」
悲鳴をあげて胸を押さえたのはさくらだった。
「オ〜さくらサ〜ン間違えて自分の髪の毛使っちゃったデスね〜!よ〜く見るとワタシのは青くないのデ〜ス!ふっふっふ。愚かよのう」
「おめえどこの人間だ」
カンナにつづいて紅蘭も突っ込む。
「そーいえば、織姫はんイタリア人ゆうて、イタリア語はグラッチェとシェスタしか聞いたことありまへんで。ほんまはしゃべれへんのとちゃいまっか」
「な〜に言うデスカ〜!イッタ〜リア語ならワタシにま〜っかせなサ〜イ!ピッツァ、パスタ、ボンゴレビアンコ…」
動ける全員のパンチを喰らって、織姫機沈黙。

「ふ〜、これであと残ってるんは…あっ、すみれはん、足もとにでっかい蜘蛛が!」
「きゃあっ!いやですわ〜っ!」
「あっ、ほれそこにも」
「どこですの〜!?」
「そんでここ踏んだってや」
「あそれポチっとな」
ちゅど〜ん。と、すみれ機を爆風がつつんだ。
「誘導成功!こんなこともあろうかと、ここらにはウチの特製地雷をた〜んと埋めこんどいたんや」
「あ、あなたという人は、いつのまに…」
「大神はんのためなら、花やしきの観覧車にだって細工したりまっせ!これが科学の力や!発明は…」
そこまで言って、紅蘭はうっかり自分の仕掛けた地雷を踏んでしまった。セリフどおりの、爆発。
「ま…また、やってもうた…」
紅蘭、黒焦げになって、沈没。


 そんな調子で、だんだんチームわけの意味がなくなって、敵味方入り乱れての大乱戦の体を様してきた。

(八人の美女が、俺を争って命がけで戦っている…)
その光景を高みの見物で眺めながら、大神の肩がふるふると震えた。
「お、俺は今モーレツに感動しているっ…!」
涙と、少しの鼻水をたらしながら、拳をまわして大神がつぶやいた。
「常日頃女の子の顔色ばっかうかがって、こきつかわれて振り回されて、ミニゲームが下手ならバカにされ、風呂をのぞいても湯気でろくに見えやしない…でも、でも、たまにはこ〜んなことがあってもいいじゃないかっ!」
袖口で顔を拭い、大神がば〜んと胸を叩いて仁王立った。
「誰が勝っても不足はない!俺のふか〜〜い懐で、しっかりと受け止めてやるからなっ!」


 その間、アイリスは何をしていたのだろうか。
 攻撃力で他の隊員と張り合えるわけがないとわかっている彼女は、ひたすら後方に退いて、ひっそりと自らの回復にのみ専念していた。最後にレニが残っているのを見て、そろそろと戦場の中央に出てくる。

「よかった、レニ、無事だったんだね。アイリス心配しちゃった」
「心配…どうして…?君は敵チームじゃないか」
「そんなの関係ないよ。レニはアイリスの大切なお友達だもん」
「…アイリス…」
「レニ、ずいぶんやられちゃったね。今アイリスが回復してあげる。えいっ」
ちゅどん!

「…もう、誰も信じない…」
かわいた呟きとともに、レニ機も沈黙した。

 最後にただ一機のこった黄色い光武のハッチが開き、ジャンポールを抱いたアイリスが飛び下りた。そのまま大神に駆け寄って、満面の笑顔で抱きつく。
「おにいちゃん!アイリスが勝ったよ!ねえ、うれしい?うれしい?」
「あ…ああ、うれしいとも、アイリス」
頬をひくつかせて笑顔を作りながら、大神は密かに心で泣いた。
(うう…アイリスじゃあお子さますぎて、あんなことやこんなことできない…せめてアイリスでさえなければ…)
そんな大神の心の願いが届いたのかどうなのか、いきなりアイリスの体ががっくりと前にのめって動かなくなった。
「あ…アイリス!どうしたんだ?」
かわりに、アイリスの腕の中のジャンポールがむっくりと起き上がる。
「おにいちゃん、アイリスは仮の姿。アイリスが人形で、私が本体だったの。真実の愛を掴んだ時に、こうして本当の姿に戻ることができるのよ」
「はあ…?」
呆然とする大神に、ジャンポールが飛びついてきて頬擦りする。
「おにいちゃん…愛してる!二人はいつまでもいっしょだよ!」
八人の乙女たちの散った戦場に、大神の悲痛な叫びがこだました。
「リセットしてくれ〜〜〜〜〜〜!!!」





《ちゃんちゃん。》

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