雪が、降り始めた。
すでに夜も更けて、降誕祭を祝う街のにぎわいも静まっていた。人々は暖かい寝床に入って聖夜の夢を見ている頃だろう。
だが、レニの体は、冷え切って固くこわばっていた。
つめたい風の中を泳いできた翼は、もはや痛みを通り越して感覚がなくなり、自分の羽ではないように感じられた。
もう羽が動かない…。何度もそう思いながら、それでも、レニは飛び続けた。
やがて、疲れ切ってかすんだ瞳に、広場にたたずむマリアの姿を、レニはようやく捕らえた。

輝くばかりに美しかったマリア。
だが、あの深いエメラルドの双眸は失われ、金色の衣は引き剥がされ、燻されたような暗い色を替わりに纏って立っていた。
それでも、レニの眼に、マリアは美しかった。
虚飾をなくし、おのが身を削り、色褪せた姿をさらしてもなお、気高いまでの美しさを、マリアは今もたたえていた。

(今の自分の姿を、もうあの人は知ることはない)
(今はボクがあの人の目。ボクの伝える言葉だけが、あの人の世界)
(…でも、それももう終わる…)

レニは最後の力を振り絞って下降し、マリアの肩に枯れ葉の舞い落ちるように止まり降りた。



「…つばめくん?ずいぶん遅かったんだね。街の様子はどんなふうかい?」
翼を折り畳む耳慣れた音に、マリアが待ちかねたように、はずんだ声をかけた。
「…ボク、今日は、お別れを言いに来たんだ」
弱々しいレニの声に、マリアははっとして、少しさみしそうに顔をくもらせた。
「…ああ、そうか、やっと南の国へ行くんだね…?長い間ありがとう。無理をさせてすまなかったね」


「違うよ、王子様…」
かなしげに、そっと首をふる気配。
「…ボクは、南の国よりも、もっと遠いところへ行くんだ…」

マリアの唇に、レニのつめたい唇がそっと触れた。
「…さよなら、王子様…」
ふるえる、絞り出すような声が、染み込むように胸に響いた。

言葉とともに漏れいでたレニの最後の呼気が、小さな青い炎のように、夜の空気に溶けていったが、盲いたマリアには見ることはかなわなかった。その頬を撫でるように、凍えた指先がすべり、肩を、胸をつたって落ちていった。



「つばめくん…?」
いらえはなかった。
柔らかな雪片の、肩に降り落ちる音すら聞こえるほどの、凍った静寂だけがマリアを包んでいる。
「つばめくん…!返事をしておくれ…君の美しい声で、もう一度呼びかけておくれ…!」
マリアはさとった。足もとに横たわる、レニの体の、氷のようなつめたさ。

「…ああ…胸が張り裂けそうだ…。つばめくん…私も…君を、とても愛していたよ…」
熱い雫が、レニの白銀の頬に、慈雨のように滴り落ちた。あの出会いの日に、レニを振り仰がせた、マリアの涙。動けないマリアが、そうして、凍えたレニの体を少しでも温めようとするかのように。
「…ともに、行こう。君の旅立った国へ。そこで、いつまでも一緒にいよう。常春の、花咲く国で、もう一度君の歌を聴かせておくれ…」
その時、マリアの胸の奥で、ぱしん、と小さな音がした。マリアの鉛の心臓が割れた音だった。同時に、マリアの意識は彼方へと飛び去った。



レニの、凍って透きとおった肌に、立ちつくすマリアの肩に、静かに雪が降り積もっていく。
誰もいない真夜中の広場。
すべての人々が、贈り物を喜び合う聖なる夜に、持てる物すべてを与え尽くした二人を、
なぐさめ、いたわるかのように、ただ雪だけが、空から舞い降りて宵闇を白く照らしていた。







例によってかなり妄想混じってるんで、あんまりつっこまないでくださいね^^;;

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