ぴんち!
「マリアさん、明日の『少年レッド』のお稽古、一緒につきあっていただけませんか?」 さくらがそう言ってマリアの部屋のドアをノックしたのは、夕食後もずいぶんたってからの遅い時間だった。 「あら、熱心ね、さくら。いいわよ、私でよければ…」 マリアの答えに、さくらは愛らしい顔をぱっと輝かせた。 「ほんとですか!?うれしいっ!よかった、お願いしてみて。じゃあ、すぐ行きましょう!」 帝劇では今、『少年レッド』の特別公演中だった。どこが特別かというと、日替わりで配役が違うのである。 「ほんとに大変ですよね。短くまとめてありますけど、けっきょく全員分のセリフと動きを覚えなきゃいけないし…あたし、頭がパンクしそうです」 先立って階段を下りながらこぼすさくらを、マリアが励ました。 「でもお客さんはとても喜んでるみたいよ。日頃ならあり得ないミスマッチな花組の姿が見られるって、毎日のように劇場に詰めかけてくれてるわ。だから、私たちもがんばりましょう」 「はいっ!」 さくらは元気よく返事をした。 衣装部屋の前まで来ると、さくらは足を止めて振り返った。 「あの…衣装も合わせてやってみたいんですけど。あたし、明日は紅蜥蜴役だから…ちょっと緊張しちゃって」 「そうね。あの衣装は歩き方にも気を使うから…。じゃあ私も着てみるわ。スカートでの動きってどうもまだ慣れなくて…」 苦笑しながら、マリアは一緒に衣装部屋に入り、カンナと兼用のマサエのワンピースを手に取った。手際よく着替え終わると、複雑な構造の衣装に手間取っているさくらの着付けを助けてやる。 「あ…ありがとうございます、マリアさん………やさしいんですね…」 「なあに?あらたまって」 マリアが微笑むと、さくらは、一瞬苦しみに耐えるように唇を噛みしめた。 「いえ…なんでも…あ、マリアさんの出って縛られてるんですよね。ちょっと待ってくださいね…」 さくらは小道具置き場から縄を取ってくると、妙にいそいそとマリアの腕に巻きつけた。 「い…痛いわ、さくら。あんまりきつくしないでね」 「あっ、ごめんなさいマリアさん、あたしったら加減がわからなくて…」 そう言いながらも、さくらはさらにぎゅうぎゅうと締めつけてくる。 「ちょっとさくら…」 「マサエの登場シーンから始めますね!お願いします!」 しっかり結び目を作ると、さくらはさっさと舞台の方へ行ってしまった。 (しょうがないわね…我慢できないほどじゃないけど…早めに切り上げさせてもらおう…) 「フフフ…おまえは今宵の生け贄…。観念おし湯川マサエ!」 さくらの様子に、マリアは内心舌を巻いた。 (やるわね、さくら。いつものさくらとは全然違う…なかなか堂に入ってるわ。…私も頑張らなきゃ…) 「やめて!おうちへ帰して…」 哀れっぽくいざり逃げるマサエを、紅蜥蜴の鞭が追いつめる。その一打ちが、頬を勢いよくかすめていった。 「ちょっと、さくら、今の本当に危なかったわ。少し気をつけて…」 「おだまり!」 激しく鞭を打ち鳴らすと、さくらはいきなりマリアの胸元に手を延ばし、ぐいっと白い襟を押し開いた。背中でぶつぶつとボタンがはじけ飛ぶ。 「きゃっ!何をするの!」 驚いて声をあげるマリアを、さくらは酔ったような眼で見下ろしてほくそ笑んだ。 「いくらマリアさんでも、縛られてちゃなんにもできませんよね…。うふふ…あたし、ずっとこんなチャンスを待ってたんです」 「…さくら…?」 紅い手袋の指をのばし、いとおしげにマリアの胸を撫でながら、さくらが囁きかけた。 「マリアさん…なんて、きれいな肌…素敵な胸…。マリアさんがこんなにきれいだから、大神さんも…」 「え?」 「もう、大神さんと…………した…んですか…?大神さんにいっぱいさわってもらってるから、こんなに大きな胸なんですか…?!」 「ちょ、ちょっとさくら!何を言ってるの!?…つっ…!」 指先にきゅっと力が入り、乳首を捻りあげられて、マリアは思わず顔をしかめた。 「渡さない…あたしの方が先に出会ったのに!誰よりも好きだったんです…!ずっと…ずっと………なのに…」 さくらは大きな瞳を激しく燃え立たせながら、いきなりつかみかかってきた。 「くやしい…!今日こそ、積もり積もったこの気持ち、晴らさせてもらいます…!」 「やめて!やめなさい、さくら!」 「君たち、何をしてるんだ!」 突然の大神の声に、さくらは弾かれたようにマリアから離れた。 「マリア、それにさくらくん…いったい、こんな時間になんの騒ぎだ?」 見回り用のライトをかざしながら 、大神が不審そうに尋ねた。 「あ、あの、ちょっと明日のお稽古をしてたんです!そしたらあたし、夢中になっちゃって…その…」 さくらは慌ててごまかそうとしたが、マリアの乱れた衣装と、白い腕に深く食い込んでいる縄目を見て、大神の眼は険しくなった。 「こんな稽古があるか!君はもう部屋に戻るんだ!」 大神の恫喝に、さくらはびくりと震え上がった。 「早く行くんだ!」 「は、はい…あの…すみません…でした…」 うらめしげに大神を見つめ、さくらがすごすごと去っていった。 「隊長…助かりました…」 さくらの姿が見えなくなって、マリアはようやく胸を撫で下ろした。 「大丈夫かい?マリア…」 振り向いた大神が立ちすくみ、喉がごくりと大きな音をたてて動くのを見て、マリアは真っ赤になった。胸ははだけられ、スカートはまくれあがり、白い胸と太腿があらわになっている。マリアは慌てて身をよじり、少しでも体を隠そうとした。 「…み、見ないでください…!そんなに…」 「あ、ああ…」 だが、大神の視線は、縫いつけられたようにマリアの肌から離れなかった。 「あ、あの…ほどいて…いただけませんか?隊長…」 大神の歩み寄る気配に向かって、マリアはうつむいたまま言いかけた。 「マリア!」 いきなり背後から抱きしめられて、マリアは仰天した。 「た、隊長ッ!何を…」 「きれいだ…マリア…」 荒い息とともに、大神がうわ言のように繰り返しながら、やわらかな胸に指を食い込ませて揉みしだく。 「隊長、やめてくださいっ!」 必死にもがいたが、もとよりさくらでさえ振り払えなかったものを、大神の力にかなうはずもなかった。床に転がされ、のしかかられ、息が詰まり、ますます動きがとれなくなる。縄目が軋んで肌に擦れるばかりで、腰がねじれ、肩や頬が床に擦りつけられて、痛みの余り涙が滲んだ。 「ずっと…ずっと好きだったんだ!マリア…!」 熱風のような息が耳元に吹きかかる中で、聞こえた大神の声。 「た、隊長…?」 マリアは眼を見開いた。が、すぐにふるふると頭を震わせる。確かに自分も大神のことは好きだ。好きだが… 「でも、こんなのはいやですっ!!」 マリアの叫びも甲斐なく、大神の手が、乱れたスカートの裾に無造作に入り込んでくる。 「いやあっ…!」 必死に摺り合わせた膝の間を、汗ばんだ手のひらが容赦なく這いまわり、指先が蠢いた。 「あ…ああんっ…」 だんだん体の奥に熱がこもり、ぼんやりしそうになる意識を、マリアは必死に保とうとした。だが、うなじに歯を立てられ、激しく舐めあげられて、全身がぞくぞくと痺れてくる。戒められた上にも、手足からはすでにすっかり力が抜けていた。 一瞬、大神の手がゆるみ、離れた。マリアが息をあえがせながら振り向くと、大神はかちゃかちゃとベルトの金具を鳴らし、ズボンを引き下げようとしていた。 「マリア、俺、もう我慢できないよ…いいだろ?」 ぎょっとしたマリアは思わず涙声になって叫んだ。 「よくないですっ!!!」 「そこまでです。大神さん」 低い、押さえた声とともに、大神の顔の横で、きらりと刀の切っ先が光った。 振り返ると、いつもの袴姿にもどったさくらが、抜き身の霊剣荒鷹をまっすぐに向け、据わった目で大神を見据えていた。 「マリアさんから離れてください」 抑揚のない声には、日頃のさくらからは想像できないようなすごみがあった。 「さ、さくらくん、落ち着くんだ…」 大神のうわずった声をさくらが遮る。 「早く!」 剣先が目に見えぬ早さでひらめき、大神のネクタイが喉元ですっぱりと断ち切られた。 「ひええっ」 大神はズボンを引きずりつつ、前屈みになってあたふたと出ていった。 大神がいなくなると、さくらは剣を握ったままマリアに向き直った。 「さ、さくら…」 マリアの声が不覚にも震えた。霊剣荒鷹の白刃が、目の前できらきらと光っていた。 (もうだめだわ…ああっこんなところで私の人生が終わるなんて…) マリアは覚悟して、ぎゅっと眼をつむった。 「…大神さんが、この胸に触ったんですか…?」 さくらの声は悲しげだった。マリアがこわごわと眼を開けると、さくらの熱く潤んだ瞳とぶつかった。 「それは…その…不可抗力っていうか…」 しどろもどろのマリアのそばに、さくらはおもむろに屈み込んだ。 「いや…いやですようっ…マリアさんはあたしのものです!ずっと、ずっと好きだったんです…!」 「え?」 「マリアさんが心配で、いつも大神さんを見張ってたのに…!こんなことに…」 「え??」 「あたしが先なんです!大神さんよりずっと前から、マリアさんを好きだったんです…!あのきらめく舞台で歌う姿を、初めて見た時から…!」 「ええ〜〜〜????」 無造作に荒鷹を放り出し、手を揉みしぼりながら訴えかけるさくらに、マリアはただ唖然とした。 「マリアさん、あんなに愛を誓ってくれたじゃないですか!あたしを見つめて、あたしを抱きしめて、あたしだけを愛してるって…」 「あ…あのねさくら、それはお芝居の上でのことで…」 マリアは諭すように言いかけたが、さくらは聞いちゃいなかった。 「いつも夢の中に出てきて、あたしを愛してくれたじゃないですか…!キスしてくれて…あんなことやこんなことも…」 「し、してないしてない」 マリアはぶんぶんと首を振った。 「マリアさん!誰にも渡さない…!」 さくらがしがみついてきた。 「た、助けて、」 隊長、と言いそうになって、たった今その大神に襲われた事を思い出し、マリアはぐっと口ごもった。そこへ、さくらが無理矢理キスしようと迫ってくる。 「マリアさん!愛してます!」 「た…た…」 切羽詰まったマリアの口から、思わず台本どおりのセリフがついて出た。 「助けて!少年レッドさ〜〜〜ん!!」
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