Rain




しとしと・・・。

雨が降っている。

しとしと・・・。

屋根から零れ落ちる音。

しとしと・・・・。

少し悲しそうな音に、感じるのは気のせいだろうか?



マリアは、その雨の音で目を覚ます。

ゆっくりと見開かれた双眸には、黒い癖のある髪が見えた。彼女は、それが何であるか直ぐに分かると、顔を綻ばせる。それから、ゆっくりと少し軋む体を起こすと、ベッドがぎしっと声を上げた。

「いつのまに・・・・」

マリアは、誰に聞くわけでもなく、口の中で消えてしまう様な小さな声で呟きながら、窓辺に目を向ける。

外は、何時の間にか雨になっていた。

ここへ来た時は、まだ降っていなかったのに・・・。

この季節は天候が不順だから、いつ降ってもおかしくはないのだけれども。漸く花小路伯爵の同行で行ったアメリカからの出張から戻ったマリアは、そう思いながらじっと窓辺から見える雨を眺めていた。

しとしと・・・。

なんだか億劫に感じるような、それでいて、物悲しい気持ちにさせる雨。

だが、マリアは雨が嫌いではなかった。雨は悲しい気持ちを慰める慈雨となり、また生命をも育む大切なものの一つでもあったから。

マリアは、近くにあった自分のものを羽織りベッドからそっと抜け出すと、窓辺へと素足で向かう。ちょっと座れるような空間があり、そこに腰を下ろす。窓ガラスは、雨の為に曇っていて、視界が悪い。手でその曇りを拭い、覗き込むように空を見上げてみる。

空からは雨の一粒一粒がまるでスローモーションの様にゆっくりと降りてきた。

それが下へ着地すると、ぴちゃんと踊り子が舞っている様に跳ねているみたいだ。

この雨はどこからきて、またどこへ帰っていくのだろう。

マリアは、漠然をそう思いながら、空を仰ぎ見た。



「・・・マリア?」

マリアがぼうっとしながら、外を眺めていると、不意にこの部屋の主の声がした。マリアは、その声につられるように振り返ると、ベッドから身を起こした大神の姿があった。

「大神さん」

マリアは、大神に微笑み掛ける。大神は、自身もベッドから降りると、彼女の元へと歩を進める。
「・・・泣いているの?」

大神は、心配そうな表情を浮かべながら、マリアの頬へと自分の手を伸ばす。マリアは、その手やや心持ち身を預け、自分の手を重ねながら、目をそっと閉じる。

「いえ。そんな事無いです。・・・でも、どうして?」

大神の手の温もりの心地よさに、うっとしながら尋ね返す。大神は、頬を撫でながら、少し照れくさそうに言葉を紡ぐ。

「いや。何となく・・・。君の後ろ姿が少し悲しそうだったから」

「少し感傷的にはなっていたかもしれません。・・・でも、泣いていませんよ」

マリアは、大神に安心させるように柔らかく微笑んだ。大神は、それでほっとしながら、よかったと呟いた。

一年間の直ぐに彼と別れねばならなかったつかの間の再会。

そして、三ヶ月と長い月日。

アメリカから戻って、この人の懐に再び帰る事の喜び。

少し気が緩んでいたのかもしれない。

何時の間にか抱き締められたマリアは、大神の肩に顔を埋めながら、考えていた。

「私が最後になってしまって、本当にすいませんでした」

「・・・謝ることなんて、ないよ。本当に君が帰ってきてくれただけで嬉しいんだから」

大神は、マリアの髪を優しく撫で上げ、そっと沈めている顔を両手で包み込む様に

しながら、顔を上げさせる。

「君の顔を、こうして触れることが何より今は嬉しいから」

大神は、そっとマリアの唇を口付けた。



大神の鼻孔を擽る甘くて、切ない香り。

柔らかな彼女の唇。

大神は、それを更に求める様に角度を変えながら、次第に深いものへと変えていく。

大神の舌が彼女のそれを追い求め、絡める。まるでそれは別の生き物のようだ。マリアの白い指が、大神の髪に絡められる。何度も、何度も満たされないものを埋め合わせるかの如く、互いの唇を求め合った。

「・・・俺の・・マリア」

大神の手が彼女の衣服の中に入り込み、豊かな乳房に触れる。ぴくりと肩を震わせるその仕草さえ愛おしく、もっと反応を見たいという衝動に駆られる。態と焦らすかの様に、指で先をこすりあわせるともう耐えられないのか、甘やかな声が彼女の口から盛れ出でた。

「・・・はっ・・」

悩ましげに眉根を寄せるマリア。大神は、どくんとある種の欲望をかきたてられる。

ぐいっとやや強引に衣服を押し上げ、露になったその二つの美しい満月に例えられる

それの先に、己の唇を寄せる。

マリアは、甘い声を次第にすすり泣きに変わって行きながら、大神の頭を掻き抱いていた。

乱れる呼吸と呼吸の間の甘美なほどの甘い声。

恍惚とその快楽の余波が彼女の身に狂うほど襲っていた。

「・・・こんな・・・」

マリアは、朦朧とする意識の中で、必死に理性と戦っているようであった。ぴちゃ、ぴちゃと外から聞こえる雨音とはまた違った湿った音が室内を満たした。

「・・・お・・・おが・・・みさん・・・っひぁ!!」

言葉にも出来ず、行き場のないもの。

マリアは、羞恥と快楽といった全ゆるものから逃げたいような、それでいて更に求めている様か感覚に襲われていた。大神は、その気持ちを察したのか、それとももはや自身が我慢できなかったのか、己を彼女の中へと埋めた。

「・・ぁあ!」

瞳から涙を流す彼女の瞳に、宥める様にそっと唇を寄せる。そして、そのまま身を動かす。




しとしと・・・・。

背後には、雨の音がする。

だが、もはやマリアの耳にはその音が届かなかった。

その身に刻み込まれる力強い躍動。

それに身を任せるのみ。

マリアは、大神を抱き締めながら、彼と共にいられる幸福を感じていた。

しとしと・・・・。

外の雨の音。

部屋には 二人で奏でる音。

しとしと・・・・。

雨は今も降り続いていた。



《END》






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