Rhapsody in blue
その日、大神は朝から中庭の掃除と溝掃除を押し付けられた。なかばやけになって奮闘した結果、見違えるほど綺麗になったそこと対称的に、大神自身はすっかり泥だらけになってしまった。 「風呂に入ろ……。フント、一緒に入るか?」 「ヴァウ!」 白い毛玉も大神の足元にくっついて風呂場を目指す。 大神とフントが風呂で気持ちよさそうに身体を伸ばしている頃、マリアは厨房で夕食の準備にとりかかっていた。 「…今日も喜んでくれるかしら」 主語が抜けているが、この場合は朴念仁の隊長を指すらしい。マリアの料理を食べる時の大神の顔はとても幸せそうで、彼女はその笑顔が嬉しくて仕方がないようだ。 献立を考え、野菜を水で洗おうと腕まくりをした時点では、マリアはこの後に起こる事の想像なんてついていなかった。 野菜を洗おうと腕まくりをした時点で、マリアはこの後に起こる事を想像すらしていなかった。 いつものように蛇口を捻るマリアの手に、それはそのままぽろりと落ちてきた。 「え…?」 何が起きたかわからず戸惑うマリアめがけて、蛇口のあった場所から猛烈な勢いで水が吹き出した。 「!」 冷たい水を全身に被って、マリアは漸く今の状況を理解できた。その場所を急いで手で塞ぐが、これでは水道の元栓を探す事も出来ない。 「誰か…!」 こうして滅多に聞くことの出来ないマリアの悲鳴が、彼女の口から零れたのだった。 ちょうど、その頃…。 「よぉし、フント。折角綺麗になったんだ。汚すなよ」 「ヴァウ!」 中庭に元気よく走っていくフントを見送った大神は、風呂上りに冷えたビールでもと厨房へと向かった。 そこで彼が目にしたのは、珍しい光景だった。 「……どうしたの?」 「隊長! 助けてください!」 マリアはずぶ濡れになって、必死に水を抑えている。その泣き出しそうな表情に大神は一瞬気をとられたが、すぐに事態を把握した。 「ちょっと待って!」 腐っても帝国海軍士官候補生の首席だった男である。配属になった当初から建物の構造は頭に叩き込んであった。当然、水道の元栓のある場所も知っている。 厨房の一角にあるそれを閉めマリアの所に駆け寄ろうとして、その足が止まった。頭から水を被っていたマリアのブラウスは完全に透けていたのだ。慌てて目を逸らして、安否を尋ねる。 「大丈夫?」 「ええ…突然、水が溢れて……驚いただけです」 マリアは安心して力が抜けたのか、ぺたりと床に座り込んだ。 「マリア!」 助けようとして、また視線のやり場に困ってしまう。そこで自分の持っていたバスタオルに気付いた。フントを拭くために持ってきたのだが、あいつは自分で水滴を吹き飛ばして、さっさと外にでてしまった。 「マリア、これ。使ってないから」 大神はそれをマリアに差し出した。 「ありがとうございます」 受け取ったマリアは、やっと大神が視線を逸らせている理由に気付いた。 「! …見ましたね」 バスタオルで身体を包んで大神を見上げる。 「いや、その……ちょっとだけ」 そう言いつつ、大神の目には先程の光景がばっちりと焼きついていたりする。マリアの視線がちくちくと痛い。 「……でも、本当に助かりました」 ほぅっとため息を吐いて、マリアは立ち上がった。 「それより。お風呂に入っておいで」 大神はびしょ濡れの彼女が風邪を引いたりしないかと心配だ。 「着替えたら大丈夫ですよ。それより夕食…くしゅっ」 「言わん事ない。ほら、早く」 くしゃみをしたマリアを大神は厨房から押し出す。 「夕食は俺が作っておくから」 「そんな事をしていただく訳に…くしゅっ」 「…あんまり強情はると、無理にでも連れて行くよ。それとも、一緒に入って欲しい?」 大神の言葉にマリアは回れ右をして、着替えを取りに部屋に戻っていった。 大神はその彼女の背中に、安心したのか残念なのか解らないため息を零すのだった……
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