「おそれながら、マルケ王様にご忠告申しあげます」
さくらは訪れた王の寝所で、石床に厚く敷かれた絨毯に跪き、こうべをたれた。
「王の休息を妨げてまでそなたは何を語ろうというのか?メロートよ」
カンナは薄暗い寝台を背後に立ち、不機嫌そうにさくらを見下ろして言った。
「王様、どうか私の言葉にお憤り召されませぬよう。私はこの目で見た事実を、王様への忠誠の心ゆえに、申し上げずにはいられないのです」
さくらは、カンナのもとにすり寄るように進み出た。
「王様のご寵愛を深く受けている騎士トリスタンこそは、大恩に仇なして、王妃イゾルデ様に懸想しております!今こそご存じください!この首をかたにさしあげても、私が王様のお名前と名誉をお守りいたします!」
さくらは、寝台に腰掛けたレニの様子をちらちらとうかがいながら、一気に言い切った。だが、暗さのため、彼女の様子はうかがい知れなかった。
「どうか今こそトリスタンめを追放なさいませ!私の言葉をお疑いなら、お目にご覧にいれる機会がいくらでもございましょう!」
憎々しげに訴えかけるさくらを、カンナは鼻先で笑った。
「メロートよ、おまえが求めているのは私の名誉ではなくトリスタンの失墜であろう」
「いいえ、王様…!」
抗弁しかけたさくらは、背後に人の気配を感じ、慌てて振り向いた。そこには、マリアが冷笑を浮かべて立っていた。
「おのれトリスタン!さあ、王様、今こそご成敗なされませ!この者こそは、お妃様をお連れする船の中、お妃様と通じ合い、そのことを押し隠して王様に娶せた不実な裏切り者でございます!このような恥辱を、王様はよもやお忍びなさいますまい!」
さくらはマリアを指さして罵った。だが、カンナはにこやかに手を広げてマリアを迎えた。
「遅かったな、愛しきわが甥よ。おかげで不要な讒言を聞かされる羽目になったぞ」
「我が敬い慕うマルケ王、私の愛も命も、もとよりすべてあなたのものです」
カンナの広げた腕の中に、マリアはうっとりとしなだれかかった。
「妃も待ちかねておったぞ。妃は私に劣らずそなたに恋しておるようだからな」
「夫のはらからを愛するのは妻として当然のこと…」
レニがひっそりと微笑んだ。
「私たちが憎み争っても益はありませぬ。私が故郷より持ち来たる愛の秘薬が、憎しみを愛に変え、友好と調和をもたらしてくれるでしょう」
マリアの肩を抱いて寝台に導きながら、カンナは振り向いて言い捨てた。
「まだそこにおったのか、無粋なメロート。おまえはトリスタンの武勇と寵愛を嫉んでおるだけであろう。追放されるのはおまえのほうだ。早々にいずこへなりと立ち去るがよい」
呆然とするさくらのまえで、カンナはマリアに口づけ、レニがその背中を細い腕で抱きしめながら、謎めいた笑みを浮かべた…。





嘘八百なので絶対真に受けないでくださいね。なんか最近すっかり3○づいてるな私…;;






以下、山崎の個人的コメント




『トリスタンとイゾルデ』に初めてにまともに触れたのはたしか10代の最後のほう。
当時、『はみだしっ子』に首まではまってた友人が、「グレアムが密かにバイトしてた店の名前がトリスタン」というだけで、岩波の文庫を貸してくれ、なんかドイツ映画祭だかでやってた映画に誘ってくれた。
映画はなかなかしぶくてリアルだった。マルケ王との新床で、イゾルデは王に媚薬といつわって眠り薬を飲ませて抱かれまいとするのだが、王は「こんなもの飲まなくても君にめろめろだよん♪」てな感じで杯の中身を捨ててしまう。哀れ(?)イゾルデが押し倒されて、キスされながら、こう、流した足を抱えられて寝台に載せられちゃう絵がなんともぞくぞくしたものでした。(昔から病人…)

なんか病文をつけたくて、あの時借りた岩波の文庫をもっかい借りてきてざっと読んだんですが。
いやあ。もとネタがこれだけ外道だと私の病気はなかなか付け入る隙がないです。

イゾルデが処女でないのがばれないように、責任をとって入れ替わってマルケ王に抱かれる侍女ブランゲーネ。うひゃうひゃ。

二人とも捕らえられて、穴ほっていばらを詰めて火をつけて、そこで焙り殺されそうになる。
トリスタンは逃げおおせるが、イゾルデは血が出るほどぎちぎち縛られても、「これしきのことで泣いてはトリスタンを助けてくれた神様に恥ずかしい」と微笑を浮かべる。えへえへ。
そんで、火焙りにされそうになる瞬間、某病者の一団が現れて王に言う。
「火刑なんて一瞬の苦しみ。それよりも、もっとつらい、死を焦がれて生きるような、どんな女性にもこれ以上はないくらいひどい罰を与えてやりたくはないか」
さすがのイゾルデもパニックして、「今すぐ焼き殺してください!」と叫ぶ。
…なんともたまりませんね。(爆)やっぱイゾルデはマリアがよかったなあ。でも怯えるレニも捨て難い(蹴)。

最後は、トリスタンの妻となった「白き手のイゾルデ」が、死に瀕したトリスタンがイゾルデを待っているのに、イゾルデを連れにいって戻ってきた船のを帆の色を「黒い帆です」と嘘を教える。イゾルデが乗ってるなら白、乗ってなきゃ黒のところを。トリスタンは失望して死ぬ。
哀れよのう。

他にも、王が見張ってるとこで機転を効かせて大芝居を打って追求を逃れたり、トリスタンが巡礼に変装して神への審判をやりすごしたりする痛快なシーンもたくさんあって楽しいです。

あとは配役に妄想。
マリレニを無視すれば、無論マリアがイゾルデ、トリスタンがカンナでマルケ王は大神。(逆でも可だけどこっちのほうがいいな♪)侍女ブランゲーネと白き手のイゾルデをさくらくんとレニあたりでどっちかな。
トリスタンがカンナなら忠実な従士クルヴェナルはすみれさんか?いやがりそうだなあ。
上の文のメロートはワーグナーバージョン。すみれさんにしてもよかったんだけど、洒落にならなそうなのでさくらくんに。

ワーグナーのは実は見たことない。対訳本を読んだだけ。すごくはしょってて白き手のイゾルデも出てこないしものたりない。ていうか、これは舞台を見て音楽聞かなきゃ意味ないか。

白い帆、黒い帆は、ギリシャのテーセウス神話のアイギウス王と酷似している。
最後にトリスタンの墓からイゾルデの墓に緑の荊が延びていくのはバーバラ・アレンの伝説みたいだ。

しかしやっぱマイナーだったかなあ。でもやりたかったの。
こんどはもちょっとわかりやすいネタにします。

興味を持ってくださった方いらしたら、
岩波文庫 赤503-1
『トリスタン・イズー物語』(ベディエ編・佐藤輝夫訳)

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