強い風の吹く日に…〜マリア・タチバナ編〜





帝都全域に巨大な台風接近。
大雨・暴風警報が発令され、早々と避難をする者、家屋の補強や非常品の買い出しに走る者など、帝都全体が慌ただしく動いていた。
花組の面々も例外ではない。
さくらと紅蘭は非常食の買い出しへ。
すみれとアイリス(+ジャンポール)は早々と自室に引きこもってしまい、そしてマリアとカンナは傷んだ屋根の補強のため、板きれと工具一式を持って劇場内を奔走していた。

「カンナ、これで最後ね?」
そう言って、マリアは窓から身を乗り出すようにして板きれを差し出した。
「あぁ、サンキュー」
カンナも屋根の上から手を伸ばしそれを受け取ると、すぐさま小気味いい金槌の音が響き渡り、あっと言う間に板は屋根へと打ち付けられていく。

「…これで良しっと!マリア〜終わったぞ!!」
「カンナ、御苦労様。一段落ついたことだしお茶の用意をしてくるわ。
あなたも早く降りてきて、すみれとアイリスを呼んできてちょうだい」
「おう、今行くぜ!」
カンナは慣れた様子で屋根の上を歩き、マリアが顔を覗かせている窓へと向かった。…が、その時、、、、

「うわぁぁっ!!!」

それは一瞬の出来事だった。
突然の強風に足下を煽られ、カンナの体が宙に浮いた。
「カンナ?!」
慌ててマリアは手を伸ばし、カンナの手を掴む。
…が、マリアの細腕で、強風に煽られたカンナの全体中を支えられるわけもなく、引きずられるようにマリア自身も窓の外へと投げ出されてしまった。

  ・†・†・†・†・†・†・†・†・†・†・†・†・†・†・†


潮の香りがするわ…
遠くで潮騒の音が聞こえる…それに、熱い…風… 

「…っ…此処は…何処なの?」


目覚めたマリアの視界に入ってきたもの。
果ての見えない青い海、そしてそれに繋がるように上にと伸びた青い空。
足下には白い砂、そして…

「あ、オネイチャン起きたんだ!」
「あなたは…?」

そこには一人の少女が立っていた。
年は…アイリスと同じぐらいであろうか?
日に焼けた褐色の肌に、大きな瞳が印象的である。

「…カンナ!」
「…え?」
「アタイの名前は”きりしまかんな”だ」
「カン…ナ?」

マリアは一瞬自分の目と耳を疑った。
確かに目の前にいるこの少女の顔は、自分の知る”桐島カンナ”の面影と重なるものがあるが… まさか、そんなことが…

「本当に…カンナなの?」
「アタイ、嘘なんか言わないよ。それよりオネイチャン…なんで、こんな所で寝てたんだ?危ないぞ!親父が”もうすぐ台風が来る”って言ってたし…」
「台風…?」

台風…そうよ、私はあの時カンナを助けようとして…
一緒に風に巻かれて…それから… 
【台風…風……カンナ… 台風…小さな少女… カンナ… カンナ…?】 
まさか、これは…カンナの記憶の世界?
カンナの中にある台風の日の記憶の世界に…私は同調して入り込んでしまったというの…?
そう考えれば、この帝都では考えられないような熱い気温も、海の景色も…
この少女…カンナの存在も辻褄があう。

「オネイチャン…?」
「あっ…!」
少女カンナの呼びかけに、マリアは我に返った。
じっ…と、考えにふけったまま、微動だにしないマリアの姿に困惑したのだろうか?
どこか不安そうな顔で、自分の顔を覗き込んでいる。
「ごめんなさい。少し考え事に熱中しすぎたわ… 私なら大丈夫よ。だからそんな顔をしないで…ね?」
そう言って、マリアはカンナの頭を軽く撫でてやった。
すると、みるみる内にカンナの表情に笑顔がこぼれる。
「そっか!良かったぁ〜 倒れてるオネイチャンを見つけたとき、アタイ本当にビックリしたんだからなっ!!」

少女のそんな言動に、マリアは心の中でそっと苦笑した。
【あぁ…この頃からあなたはちっとも変わらないのね】
他人のために本気で泣いたり笑ったりして…本当に真っ直ぐな人。
側にいるだけで眩しく感じるその存在…その原点はここにあるのね…。

【私の知らないカンナの記憶…】

…知りたい。触れてみたい。
カンナ…あなたのことを、もっと知りたいわ。
だってそうしたら私も…いつか…

【あなたのように…】

そう考えるのと、ほぼ同時にマリアは自ら進んでカンナに話しかけていた。

「ねぇ、カンナ…あなたは此処で何をしていたの?もうすぐ台風が来るから…危ないんでしょう?なのに、どうしてこんな海辺に一人でいたの?」
「え…その…」
瞬時にしてカンナの目は悲しそうに伏せられた。
”私ったら…聞いてはいけないことだったのかしら…?”
単純に、疑問に思ったことを聞いてみただけのつもりだったが、カンナの曇った表情を見ていると、途端に罪悪感に襲われる。
「あ…ごめんなさい。答えたくなかったら別に……」
「…こんな日ぐらいしか稽古は休みにならないから…遊べないんだ」
「…え?」
「アタイの親父、空手家なんだ。それでアタイはそのコウケイシャで…ガキの頃からずーっと稽古ばっかりしてて…他の子みたいに毎日遊んだりは出来ないんだよ。でも、今日は台風が来るから…親父も村の寄り合いに行っちまって稽古がないから…」

あぁ…そういえば、前にカンナから少し聞いたことがあったわ。
空手の稽古三昧だった幼少時代… 
あの時、あなたは豪快に笑って話していたけど…本当は……

「ねぇ、カンナ…私と一緒に遊びましょうか?」
「え?」
「せっかくのお休みに一人じゃつまらないでしょう?」
「本当に…?本当に一緒に遊んでくれるのか???」

再度、カンナの顔に満面の笑顔がこぼれた。
そして、すぐさまマリアの手を取り走り出す。
「あっち!」
「え…えっ?」
「オネイチャン!あっちで遊ぼう!!アタイのとっておきの場所教えてやるからさ!」
「まっ…待って!カンナ…そんなに走らないで…」
慣れない白砂に足を取られながら、マリアはカンナにひきずられるようにその後を走った。


  ・†・†・†・†・†・†・†・†・†・†・†・†・†・†・†

「いいか…そーーっとだぞ…」
「え…ええ!」

 …サラ…サララ……ボロッ…グシャ!

「あぁっ…!!」
「…うっ」
両者の短い言葉も虚しく、砂の城は崩れた。
「オネイチャン…下手くそだなぁ」
「ご…ごめんなさい。その…実は砂遊びをするのは初めてなのよ…」
「え?そうなのか???」

つい勢いで”一緒に遊ぼう!”などと提案してしまったが、何分「遊び」というものに不慣れなマリアは砂の城作りに悪戦苦闘していた。 
「オネイチャン、もう1回!もう1回作ろう!!」
そう言って、カンナは再び砂を掘り起こしはじめた。
苦笑しながらも、マリアはそれに従い同じようにして砂をかき寄せる。
掘っては、積み…固めて…また積んで…
その単調な作業に没頭するカンナの姿は、先ほどよりも幼く、可愛らしく見えた。
…いや、これが本来の年相応の姿なのだろうか?

孤独な時間。
遊び方すら知らない幼少時代。
生まれついた場所。
…運命。
何を呪うでもなく私もあなたも生きてきたわ。
だって、私達は…この小さな世界が全てだったんですもの。
それ以外には何も知らなかったんだもの。

でも、もし…
私とあなたがこんな風に、もっと早く出会えていたら何か違う世界が開けていたのかしら?
もっと違う…自分になれていたのかしら…
v 「出来たっ!」
「…!」
「オネイチャン、ほらっ!お城が出来たぞっ!!」
考えに没頭していたマリアの目前にはいつのまにか小さな城が出来上がっていた。
「すごい…本当に砂で作れるものなのね…」
「次は山っ!大きいのを作ってトンネルも掘るんだっ!!」
「はいはい。えーっと…とりあえず、また砂を寄せればいいの?…あっ……!」

  …ポタッ ポタポタ… …ポタッ!

よく見れば、雲の流れが先ほどよりも速くなっている。
湿った空気と共に、数滴の雨垂れがマリアの頬を、髪を濡らした。
次第にその量も早さも増してくる。

「本格的に台風が近づいてきたのね」
「…オネイチャン!こっち!!」
「え?」
「いいから早く!!」
促されるままマリアはカンナの後について走った。
一度後ろを振り返り、出来上がったばかりの城を見たが叩き付けるように降り注ぐ雨にすでにカタチを変えられてしまっていた…。

「せっかく作ったのに…潰れちゃったわね…」
カンナと共に雨を逃れて駆け込んだ洞窟内、マリアは呟いた。
「…仕方ないよ」
「雨がやんだら…もう一度作りましょう…ね?」
「ダメだよ。雨がやんだら…台風が過ぎたらアタイはもう帰らなきゃいけない。また親父と稽古ばっかりの毎日にもどるんだ…」
俯いたままこぼれる悲しそうな声。
マリアは思わずカンナを抱き寄せた。
「…オネイチャン?」
「何度でも、何度でも作り直せばいいの。カンナ、あなたは一人じゃない。もう少し先の話になるけど…私達は帝都で出会うのよ。そして、ずっと一緒に…」
「…テイ…ト?」
「帝都に戻ったら…一緒に海に行きましょう。横浜…湘南…あなたの好きな所でいいわ。一緒に海に行って、砂の城を作るの…」
「なんのコトだよ…わかんないよ…」
「カンナ…私のことを覚えていて。帝都で再会するその日まで…約束よ」
「やく…そく…?」
「そう、約束よ。忘れないでね…私を。ずっとずっと…忘れないでいて…」
「オネイ…チャ……」 

 ……ギュッ。


瞬間、マリアにしがみつくカンナの手に力がこめられた。
そして体の全てを預けるように寄り添いながらカンナも小さく呟く。
「…わかった。なんだかよくわかんないけど…アタイ、オネイチャンのことは絶対に忘れない…約束するよ」
「カンナ…」
「…約束だ」

【嗚呼、この日の出逢いをどうか忘れないでいて】

  ・†・†・†・†・†・†・†・†・†・†・†・†・†・†・†

あぁ…潮の香りが遠のいていく…
波の音も…聞こえ…ない…

「うっ…」
頭に霞がかった鈍い感覚に、マリアは短い悲鳴をあげた。
「良かった!気がついたんだね、マリア!!」
「たっ…隊長?」
「どこか傷むところはあるかい?」
「いっ…いえ!大丈夫です…あの、それより私はどうして…ここは?」
「医務室だよ。君は屋根の補修中にカンナと一緒に下に落ちてしまったんだ」
「そうだったんですか…あ、あの…それでカンナは…?」
「あぁ、カンナなら…」
大神は笑いを堪えるようにしながら、隣のベッドを指さした。
そこには豪快な寝相でいびきをたてて眠るカンナが横たわっている。
「全く…落ちたときに君を庇って下敷きになったというのに、かすり傷程度の怪我しかしてないっていうから驚くよなぁ」
「カンナ…」
マリアは起きあがって、カンナの方に歩み寄った。
そんなマリアの様子に大神も席を立つ。
「マリア…もう大丈夫なら、俺はそろそろ行くよ。カンナのことは君が見ていてやってくれ。でも、君もムリをしないようにね…」
「あ…はい。ありがとうございました、隊長」

 …パタン。

大神を見送り、医務室のドアが閉まるのを確認してから、再びカンナの方に向き直った。そっとその頬に触れ、撫でてみる。

「また…会えたわね。カンナ…」


先ほどまで直に触れていた、記憶の中の少女の面影が重なる。
起用に砂の城を作っていた小さな手は、自分を幾度となく支えてくれた大きな手に。
屈託なく笑いかける声と表情は…変わらない。
白い砂の城のことは…私のことは覚えている?
ねぇ、カンナ…?

「明日は…きっと晴れるわ。だから約束通り一緒に…」

【海に行きましょう】

眠るカンナに語りかけるように、マリアはそっと心の中で呟いた。                             




END





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