雪解けの時から






雪が降る。
帝都を真っ白な銀面の世界へと染め上げていく。
それはあの遥かなるに大地に降り積もる雪とは全く違うものだけれど…。

正月が過ぎ、月日は三月になった。
今年はあの大戦の為に、気象が乱れたのかもしれない。
暦は既に春を告げる筈なのに、今はそれを見せる桃の花も、梅の花も雪の花に埋もれて見る影も無い。その代わり、雪の花が帝都に咲き誇っている。
この分だと、明日は雪がかなり降り積もり、アイリスが大喜びするだろう。
マリアは、降り積もる雪を窓から見下ろしていた。
「マリア、寒くないかい?」
振り返ると、ベッドに腰を下ろしていた大神の姿があった。テーブルの上にあったウィスキーが入っていたが、今は空になったグラスに、彼は自分の分とマリアの分を注ぎ直していた。
「はい、大丈夫です」
微笑みを浮かべ、マリアは大神の方に歩み寄る。確かに外はきっと寒いことだろう。だが、極寒の地であるロシア生まれの彼女にとってはまだこれはそれ程のものではなかった。
「本当に?」
マリアの『大丈夫』ほど当てにならないことを熟知している大神は、近付いてきたマリアの腕を掴まえると、「あっ…」という小さな悲鳴も無視し、自分の方に抱き寄せる。大神の懐に舞い落ちたマリアの体温は、室温が幾らストーブで暖められているとはいえ、窓際に居た為かすっかりと冷え切っていた。
「…体、冷えているじゃないか」
大神は、怒った様な口調で言うと、マリアはそれに対し困った様な顔をさせる。
「本当に寒くないんですよ」
「嘘を付いたら駄目だよ。ほら…、こんなに」
大神は、自分の手を彼女の頬にもっていき、自分と彼女との体温の違いを確かめさせる。確かに大神の手の平はぬくぬくと温かい。一方、マリアの方は大神の体温とは全く逆で、自身でも確かめられるほど冷たかった。漸くそれに気が付いて、マリアは苦笑する。
「…本当…ですね」
「そんな格好でいたら、幾らマリアだって寒くなるのは当たり前だろう?」
大神は、マリアを自分から放し、ふと目線を落とす。大神の大きなシャツを拝借しただけの無防備な格好である。普段きちんと着こなす彼女が珍しくこの様な格好でいるのは情事の後の為である。…が、それにしても無防備に曝け出された長い足や胸元は、幾ら見慣れている大神でも刺激的だった。その視線に気が付き、マリアは恥かしそうに視線を伏せながら、シャツから出る足を出来るだけ隠すようにする。
「…はい、これで少しは暖かくなると思うよ」
大神は、変なところでいつまで経っても初々しいマリアを微笑ましく思いながら、先ほど注いだウィスキーを手渡した。
「ありがとうございます」
小声で礼を述べ、それを受け取り、口に含む。ちちりっと喉に痺れを覚え、それからぽっと体全体が暖まっていった。
大神は、その様子を見ながら、ある事を思い出していた。
(そう言えば…、今くらいの季節だったんだっけ?)
今から二年前のこの季節。
彼とマリアが訪れた場所。
そこの雪の量とは比べ物にはならないが、それでも外に降り積もる雪は、ある事を十分に思い出させてくれる。

「隊長?」
不思議そうに見詰めてくるマリアに、大神は何でもないと微笑み、ふとあるものがひらめいた。
「体、まだ冷えているよね?」
「え?えっと、そうでもないですよ」
「本当に?」
再び彼女の頬に手を添える。
「ほら、冷えているよ」
「………まだお酒が回っていないからですよ」
「もっと早く暖める方法があるよね」
大神のいきなりの言葉に、マリアは一瞬ぽかんとする。それを理解すると、マリアは顔を真っ赤にさせた。
「た、隊長、ご冗談でしょう?」
「いや、本気だよ」
焦るマリアににこりと邪気の無い悪戯っ子の様に笑みを向け、大神はマリアの手からグラスをテーブルの上に置くと、そのまま押し倒した。
「た、隊長…!」
じたばたともがくが、大神によって唇を塞がれる。舌が難なく差し込まれ、大神の大きな手がマリアの豊かな乳房を軽く弄んだ。
「……はぁっ」
息の長い口付けの後、マリアの口から深い甘い溜め息が漏れた。
「…駄目?」
大神の問うような視線に、マリアは潤ませた瞳で返した。こんな中途半端な快楽を押し付けておいて、この人はそれでも自分に問い掛けるというのか。分かっ\ている筈なのに…。
少年の様でいて、奥に隠されている欲望までも純粋な彼の心。普段は決して見る事の出来ないものを、マリアだけに曝け出されている。それはとても嬉しいものだった。だけど、少々限度も欲しいと思うのは贅沢だろうか。
そう思いながらも、マリアは、少々恨めしそうな視線をぶつけながら、そっと大神の首に回した。それ以上は恥かしくて、言葉にも出来なかった。
それを合図に、大神の手がマリアの肢体に触れた。大神の手がシャツの越しの胸の頂きをやわやわと扱き始める。それだけで、マリアの肢体の熱は一度あがった。
たち始めたマリアの胸の頂点をそのまま甘噛みをすると、マリアの背が若鮎の様に反った。やおらマリアが着ていた大神のシャツは難なく引き剥がされ、美神の裸身が大神の前に晒される。
大神は、改めて感嘆の息を吐き出し、再び愛撫に熱中する。優しく、だが、彼女を追いつめるには十分なそれはマリアには刺激の余り、目尻に涙がにじみ出ていた。上半身の愛撫だけで、マリアの股の茂みからしっとりとした涙とは違った滑りのある液体が溢れ出ていくのを彼女自身は分かり、上げる熱が更に勢いを増した。大神の手が太股に触れた時、それが彼にも知られ、マリアは真っ赤にさせながら、顔を背けた。
その仕草がとても可愛らしく思え、大神は微笑むと、耳元で囁いた。それを受け、熱に浮いたマリアの熱がますます上がっていく。
貫かれる瞬間、一瞬の圧迫の後に直ぐに快楽へと変わって行く。必死に縋り付きながら、マリアは大神と自分を高みへと近付ける為、自らの腰を使い動かした。程なくして、彼女の中が縮まっていく感覚に、大神も引き連れていく様に高みへと登っていった。浮かれる熱と共に、マリアは脳の何処かへと意識を拡散させていった。

「…マリア、怒っている?」
背中を向けるマリアに、大神が恐る恐る尋ねた。マリアは、振り返り、じと目で睨み付ける。
「…知りません」
「怒っているよ、マリア」
「だとしたら、誰のせいですか?」
「俺のせい」
あっさりといわれ、マリアはがっくりと頭を垂らした。これ以上怒っているのが馬鹿らしくなってくる様な気がしてならない。いつも何処かでこの人には負けしている様な気がする。マリアは、はぁと溜め息を一つ漏らす。
「…処で、隊長。先は何を考えていたんですか?」
せめて何か反撃する手だてはないものかと、マリアは先ほど大神が何か考えていた事を尋ねてみる事にした。
「マリアの事」
「お、大神さん!」
あっさりとまた返され、マリアは顔を真っ赤にさせる。大神は、くすくすと笑いながら、彼女を優しく抱き寄せる。
「本当だよ。二年前のことを考えていたんだ」
「…二年前?」
マリアが尋ね返すと、大神はああと頷き返した。
「このくらいの時期だろ?君の故郷に行ったのって」
そう指摘され、マリアはああと思い出した。

自分の心に吹雪く雪嵐が止んで、その積もった雪が真実解けた季節。
既に二年の月日が流れていた。
あれから色々な出来事があって、今こうして自分がここに居るのはこの目の前の人のお陰だ。
平穏な春の息吹きをもたらした彼のお陰。

「そうでしたね…。あれから二年にもなるんですね」
マリアは、感慨深げに溜め息にもにた吐息の中で言葉を紡いだ。
「うん、雪を見ていたら、急に思い出してね」
「そうだったんですか」
マリアは、漸く納得した様に頷き、微笑んだ。
「うん。それで、マリアの事を色々思い出してね。あっちに行った時の事とか、
初めての夜の事とか…」
そこまで言うと、マリアの顔が一点また怒り顔に戻る。
「大神さん!!」
顔が真っ赤になっているマリアの拳が大神の上に振った。

まだ外は雪が降っていた。
この雪が解けるのは何時の事だろう。
だけれども、彼女の雪は既に解けている。
そして、今はまた彼と迎える平穏な春を再び待ちわびていた。



《END》






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