紫月


  妙な夢を見た・・・。

雨の夜に飛び出して行ったエリカを、大神が無事に保護した夜の事である。
「ごめん、着替えこれしかないけど・・・。」
そう言ってシャツを手渡し、シャワーを浴びてくるように勧める。
「・・・・すみません。」
まだしょんぼりしているエリカがバスルームに入ったのを見計らって、大神はグラン・マにエリカを保護した旨連絡を入れた。
「そうかい。それじゃエリカの事、頼んだよ。くれぐれも妙な気は起こさないでおくれ。」
「し、支配人、自分は・・・。」
グラン・マの茶々を否定し終わる前に、通信は切れた。
それからしばらくして、「かちゃり」とバスルームの扉が開くと、シャツだけを羽織ったエリカが恥ずかしげな顔をして出てきた。
「シャノワールに連絡していたんですか?」
「ああ、まだみんな探しているだろうからね。・・・・と、ところエリカくん・・・その・・・し、下着はどうしたんだい?」
あからさまに見えているわけではないが、光の加減で薄っすらと下着のラインがない事がわかる。
大神はあわててエリカから視線を外した。
「え?・・・あ、あのぉ・・・・濡れたままなので・・・その・・・・ズ、ズボンも貸してもらえるとありがたいかなーなんて、思ったりしてるんですけど・・・。」
「あ、ああ、そうか。・・・・でも、困ったな・・・実は一本しか持っていなくて・・・。」
「ええ?じゃあ寝る時は何を着てるんですか?」
「・・・実は、帝都にいる時は・・・その・・・は、はだ」
そこまで話した時、不意にキネマトロンの呼び出し音が鳴った。
「誰だろう」と受信してみると、マリアからの通信であった。
「隊長、夜分遅くすみません。グラン・マからエリカがいなくなったという話を聞いて、そちらの状況が気になったものですから・・・・。」
「ああ、そうなんだ。心配してくれてありがとう、マリア。」
「いえ、これくらいは。ところでエリカは?」
「こ・こ・に・い・ま・す。」
少々トゲのある口調で、大神の後ろにいたエリカが答えた。
マリアが視線を横にずらすと、確かにエリカがいた。
それも、大神のシャツをちょこんと着ているだけの姿で。
その姿を見て、マリアは自分の体が総毛立つのを感じた。
と、いうのも、シャツが光をわずかながら通している為、画面越しでもエリカが下着を着けていない事がわかったからである。さらに、洗いたての湿った髪が、マリアの誤解と嫉妬の中枢を刺激する。
「隊長・・・・どうしてエリカにそんなかっこうをさせているんですか?」
「え?・・・いや、その、これには深い訳が・・・。」
地の底から湧き上がるような低い声にビクビクしながら、何とかこの場をやり過ごそうと、無理に笑顔を作る大神。
だが、マリアの目元はヒクヒクと引きつるような動きをしている。
「そう、わかりました。深い訳が、おありなんですね?」
「あのぉ・・・マリア。これは、その・・・」
実はズボンが一本しかなくて、と言う前に、マリアはピシャリと戸を閉めるような口調で言い放つ。
「もう結構です。・・・隊長、巴里を満喫なさって下さいね。」
「マリア!誤解だよ!」
大神は思わず叫んだが、それを打ち消すようにエリカの泣き声が響いた。
「何が誤解なんですか大神さん!私に優しくしてくれた事は、全部嘘だったんですか?エリカの、エリカの体だけが目的だったんですね?ひどいよぉぉ・・・びえええええええええええ。」
「エリカくん!頼むからでたらめを言うのはやめてくれぇ!・・・マ、マリア?」
根も葉もない事を言われるのは初めてではないが、状況が状況である。大神が必死に取り繕うとした時、すでにマリアは、静かにキネマトロンのスイッチを切ろうとしていた。
「待ってくれマリア!俺の話を・・・。」
「ダスヴィダーニャ。米田支配人には、隊長は巴里の為に華々しく戦死したと伝えておきます。」
「マリア!まっ・・・」
真っ暗になった画面を、放心状態で見つめる大神。
先ほどまで泣いていたエリカは、その様子を見てピタリと泣くのを止め、口元に薄い笑いを浮かべる。
そしてその口元が何かをつぶやくような形に動いた。
「・・・言ったもの勝ち。」

教訓。女性にシャツ「だけ」着せるようなマネは慎みましょう。当然エプロンだけも不可。


 妙な夢を見た・・・・。

巴里崩壊の直前、俺達はとうとうオプスキュール上で、敵の首領カルマールを追い詰める事に成功した。
あと一撃で、俺達はカルマールを倒せるだろう。
ヤツはすでに肩で息をしている。
単独攻撃でも倒せるだろうが、ここは一つ華麗な協力攻撃で決めたいところだ、と俺は考えた。
誰にするかを瞬時に考え、俺は彼に声をかけた。
「サリュ!」
「ふ・・・君の力を見せてくれ・・・。」
バシィッ!
よし、決まった!
これで巴里に平和が、穏やかな日々が帰ってくる。
光武F2から降りると、サリュは静かな表情で俺を迎えてくれた。
勝利を確信し、お互いに抱き合う。
でも・・・なんだろう、この妙な違和感は・・・・。
「アンタ・・・・そういう趣味の男だったのか・・・。」
「・・・あの・・・・恋愛は自由・・・だと、思いますけど・・・その・・・ぽっ。」
二人の隊員の指摘を受けて、ようやく違和感の元に気が付いた。
俺は、何かとてつもない間違いをしてしまったようだ・・・。


 妙な夢を見た・・・・。

「なんで、虚無僧?」
「チェストォ!」
大神は、照れ隠しに繰り出されたカンナの右ストレートを食らい・・・真っ白な灰になった。


 妙な夢を見た・・・・。

ある日。
俺は迫水大使と一緒に、ハトに餌をまいた。
どうも俺はスジがいいようで、「初めてとは思えないね。いいよ。」とほめられた。

ある日。
俺は夏バテで苦しんでいる迫水大使に、「何か解消法はないかね」と聞かれたので、「夏はやっぱりウナギですよ。」と答えると、大使は思った以上に喜んでくれた。素直な人だな、と思った。

ある日。
飛び出して行ったエリカくんを追っている時に、もしやと思い大使館に寄ってみる。
残念ながら、エリカくんは来ておらず、さらに大使に怒られた。当たり前だが・・・。
それでも、巴里華激団を育てる事が自分の使命だと伝えると、少しだけ満足そうにうなづいてくれた。

ある日。
散り々々になってしまった華激団の隊員を、何と迫水大使が集めてくれていた。
いつもはノンビリしているようだけど、やる時はやるなあ、と感心させられた。
男子たるもの、ああでなくては・・・。

帝都への帰還が決まった日。
「お世話になりました」と頭を下げると、迫水大使はおれの手を取って「お礼をいうのはこっちだよ」と少し寂しげな表情で答えてくれた。
この人に感謝してもらえるだけの人間に、俺はなれたのだという達成感のようなものがこみ上げてくる。
「本当に、君には感謝している。何しろ、僕に本当の自分を、本当の愛を気付かせてくれたからね。」
何だろう、ほんの少し論点がずれているような・・・。
「さぁ、僕と一緒に行こう。アメリカに渡ってしまえば大丈夫だ。サンフランシスコには理解ある人が大勢住んでいるから、きっと楽しいと思うね。じゃあ、行こうか」
「ええ?ちょ、ちょっと大使!?迫水大使!?」
俺は大使に引きずられるように執務室を出た。
「た、大使!放してください!お、俺にはマリアがぁ・・・。」
「大神君、いい天気だよ。まるで僕達を祝福しているようだね。はっはっはっは。」
「はっはっは、じゃないぃぃぃぃぃぃ・・・・・。」
巴里の空に、俺の声がむなしく吸い込まれていった・・・・。



おしまい。


故・黒澤 明監督・・・ごめんなさいごめんなさい・・・・。











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