壊れていく二人
「ふう」 これで今日一日、何回目のため息だろうとマリアはぼんやりそんなことを考えながら重たく感じる足を引きずって二階へと上がっていく。 今日も朝から忙しかった。舞台の稽古はもちろんのこと、報告書の作成、書類整理、最近ともすれば怠けがちになるアイリスの勉強をみてやり、忙しい合間に何を食べたのかよく覚えていない昼食と夕食を口にしながら椿に頼まれていた何十枚という色紙にサインを書くといったスケジュールをこなし、今、見回りを終わってやっと一息ついたところだった。 あやめがいなくなり、大神が海軍へと復帰してその二人分の埋め合わせがどんとマリア一人の肩にのしかかり、毎日毎日があっという間に過ぎ去っていき、経過していく時間の中で少しずつではあるがマリアの神経もすり減っていった。 辛くて途中で投げ出したいと思ったことも正直何回かあった。それでもそうしなかったのは生来の生真面目な性格故と大神への一途な愛からだった。 いつか帰ってくるという一縷の希望を胸に、そしていつ戻ってきてもいいように万全な体制で大神を迎えたかった。 それが彼と交わした約束だから…… マリアは再びフッとため息をつくと階段を昇りきり自室のドアを開ける。 「よう、勝手に邪魔してるぜ」 ドアを開けたとたん、明るい声が飛び込んできてベッドの脇に背を預け、床にぺたんと座ったカンナが片手にグラスを持って酒を飲んでいる姿が目に入った。 「カンナ、お酒を飲むんなら自分の部屋で飲んでちょうだい。私、もう寝るんだから」 むっとした表情でつっけんどんに言うマリアにカンナはまあまあ、という顔をして 「だから待ってたんじゃねえか。寝る前に一杯飲んどけば身体が暖まって少しは疲れもとれてぐっすり眠れるぜ。ほらよ」ともう一つマリアにグラスを差し出し、ニコニコ笑いながら酒瓶を振る。 マリアはこれが彼女流の気遣いだと気づき、とたんに顔つきを和らげ微笑みながらカンナの隣に座りグラスを受け取る。 「そうね。じゃちょっとだけ貰おうかしら?」 二人はとりとめのない話しをしながらぐいぐいと酒をあおり、カンナが持ってきた2本の瓶はあっという間に空になってしまった。 最後の一杯をちびちびやりながらカンナはマリアを改めてしげしげと眺める。 こいつ、こんなに顔色悪かったっけ。そういやずいぶん痩せたような気もする。もともと色白でほっそりした体型だがそれに輪をかけて痩せて小さく見え、袖口からちらりとかいま見えるか細い手首は今にも折れそうで弱々しく感じ、血管が透けて見えそうに思えるほど病的に近い肌の色をしていた。 唐突にカンナは言った。 「疲れがたまってんじゃねえのか、マリア。休養でもしなきゃそのうちぶっ倒れちまうぜ」 「大丈夫よ」にべもなくマリアは答える。 「大丈夫、って顔してないぜ。あたいが少しでも手伝えればいいんだけどな。難しくて細かい作業は向いてねえし、アイリスの勉強となると頭が痒くなりそうだし、う〜ん、力仕事なら何でもOKなんだけど」 「その気持ちだけで充分よ、カンナ。これは私の仕事だから私がやらなきゃいけないことなの」 カンナは少し眉をよせ、マリアを見つめながら「そう何でも自分だけでしょいこむなよ。少しは他人を頼ったり疲れたんなら疲れたって思ったことを口にすりゃいいじゃねえか」そう言ってよいしょと足の向きを変え、楽な体勢になる。 「仕方ないわ。こういう性格なんだから」 「ほんと損な性格だぜ」 「悪かったわね」 しばらくの沈黙の後、ポツリとカンナがつぶやくように言う。 「……隊長、早く帰ってこねえかな……」 その言葉にマリアはぴくりと身体を震わせ、グラスを持った手が僅かに揺れる。 「あ〜あ、酒、なくなっちまったな。あたい部屋から持って来るからちょっと待っててくれよ」 カンナが動こうと立ち上がりかけた時、マリアの小さく弱々しい声にその動きは止まってしまった。 「……お願い、カンナ。どこにも行かないでここにいて……」 一瞬、不思議そうな顔をした後、カンナは何もかも了解したように黙ってうなずきマリアの横に座り直す。 マリアはうつむいてカンナの肩に頭を寄りかからせ「少しだけ…肩を貸してちょうだい、カンナ‥」と言うと微かに身体を震わせ、こらえながら嗚咽を漏らす。 そんな様子のマリアをじっとみていたカンナは不意にマリアを愛しいと思う気持ちが湧き上がり、そっと手をまわして抱きしめると「こんなあたいでよけりゃいつでも肩を貸すぜ。隊長の代わりにはなれなくても、涙を乾かせるくらいならあたいにもできそうだからな」そう言って優しい眼でマリアを見つめる。 「カンナ…ありがとう」 うつむいたまま涙声でマリアはつぶやくようにそう言うと再びカンナの肩に顔を埋めしゃくりあげる。 普段はクールで冷静でどんな物事にも動じないマリアが今は自分の肩の中で子供のように泣きじゃくっている。その様子をみていて突然、たまらなく切ない思いに駆られ、こみ上がってくる熱い感情がカンナを突き動かし気がつくとマリアの顔を手で持ち上げ、自分の唇をマリアの唇に押しあてていた。 カンナのこの行為にマリアはびっくりして目を見開き、慌てて顔を反らし身体を離そうと必死にもがく。 だがカンナはがっちりとマリアの身体を押さえつけ、その白い首筋に唇を這わす。 「な…っやめてカンナ。酔っぱらっておかしくなっちゃったの?」 カンナはいったん唇を離し、マリアの顔をじっと見つめながら話す。 「あたいは酔ってなんかいないぜ。いったろ?涙を止めるのはあたいの役目だって。だから身体ごとマリアを慰めてやるよ。隊長は…どんな風におまえを愛するんだ?こんな風にか?」 そう言うと乱暴にブラウスのボタンを引きちぎり、胸をあらわにするとうす淡い先端を指と舌で丹念に愛撫する。 「や‥めてカンナ…」 口で否定しててもその口調が弱いことに自分でもおどろいていた。更に酒の酔いもまわってきたのか身体が火照り、カンナが与える強い刺激に頭の中が徐々にぼうっとしてきて抵抗する力がだんだんと抜けていく。 カンナはそんな様子のマリアを見てニヤリと笑うと「止めていいのか?マリア」と意地悪そうに尋ねる。 今なら…今ならまだ引き返せるとマリアは思った。このままカンナを帰して明日のためにベッドに潜り込み、つかの間の休息で身体を休め、そして朝が来てまた忙しい一日が始まる…… そう思うと突然激しい空虚感がマリアを襲い、心の中である思いが芽生えてそれがマリアの良心と葛藤していた。 今だけ、ほんの少しの間だけ何もかも忘れてこの心地よい快楽の波に溺れていたい。 淋しくて苦しい気持ちを一時でもやわらげてくれる温かな肌のぬくもりが欲しい。たとえその相手がカンナであったとしても。 結局今のこの思いが勝り、マリアは決心したように顔を上げごくりと唾を飲み込むとカンナを見つめ小さな声で言う。 「………けて」 「聞こえないぜ、マリア。もっと大きな声で言ってくれよ」 マリアは目をつぶり、うつむいて続けて欲しいとカンナに願った。 カンナは嬉しそうに「そうこなくっちゃな」というと再び胸を愛撫しながら少しずつ舌は下降してへそのまわりを舌先で舐め上げる。 そのぞくりとする感覚にマリアの身体が戦慄く。それがおぞましいものでなく快感であることに気がつくとみるみる顔がパーッと赤く染まり、その愛撫に反応して下腹の秘部にビリビリと電流が走る。 「感じやすいんだな、マリアは」 その言葉にますます顔が赤くなっていき、その状態をみてカンナは口元に笑みを浮かべるとマリアの服を脱がせながら床に押し倒し、下半身を執拗にいたぶった。 激しいカンナの愛撫にマリアの喘ぎ声も徐々に間隔が短く大きくなっていく。 いつからかマリアはカンナに大神のイメージを重ねていてせわしく動く指や舌に対し、いつも大神がしている愛し方をカンナにせがんでいた。 「あ…っん、そこ‥いっ‥いい隊長…」 無意識に口をついてでたマリアの言葉に、秘所に顔を埋めていたカンナはピクリと反応すると「そんなに隊長がいいのかよ」とぽつりとつぶやく。 「えっ?なに?カンナ」 「何でもねえよ」 素っ気なくカンナは答えると、充血し大きく硬くなった敏感な肉芽を歯で甘噛みする。 「い…っ痛いわ、カンナ」 荒い呼吸の元、マリアはカンナに訴えるような声で言う。 「それも感じるんだろ?マリアは」 ニヤニヤ笑いながらカンナは二本の指を更に奥へと突き立て、淫らな音を響かせる。 「や…っあっもう…」 マリアは身体をのけぞらせると一瞬硬直し、そしてカンナの頭を押さえていた手を力なく床に落とした。 「眠ったのか?マリア」 カンナはマリアの顔を覗きこんで、しっかり寝息をたてて眠っているのを確認すると身体を抱き上げてベッドに移動させ、自分も一緒に潜り込みマリアを抱き寄せて独り言をつぶやく。 「明日からまたがんばれよ。くじけそうになったらいつだってあたいが慰めてやるからよ」 深い眠りの中に意識を落としていきながらマリアはそのカンナのつぶやきをぼんやり遠く耳にして、もう後戻りはできないのだと改めて感じていた。
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