夏休み前



「ありがとうよ、みんな。俺のために、こんな盛大な退院祝いをやってくれて。」
「いえ、時間があればもっとしっかり準備をしてお迎えできたんですけど……」
「ホンマにもう……前もって教えてくれればよかったのに……」
「そうですよ、米田支配人。水くさいですね。」
「へへっ、お前たちに余計な手間かけさせるのも悪いと思ってな。……それにしても、マリア。その服、なかなか決まってるじゃねぇか。なあ、大神。お前はどう思う?」

「マリア……美しいよ。今の君は、輝いている。」

「た……隊長!みんなの前で……やめてください。」

「……大神さん。ずいぶん、調子いいですね。」
「よくもまあ、あのような歯が浮くセリフが言えるものですわね。」
「わはははは!けっこう、けっこう。それでこそ、花組だ。」








 その夜、大神はいつものように夜の見回りをしていた。そのさなか、テラスに人影を見てテラスに出る。
「マリアじゃないか……」
「あ……隊長…」
「どうしたの?こんな時間に……」
「ええ…帝都の……空と街を見ていたんです……」
 穏やかな表情をしてマリアが答える。

「こうやってここから外を見てると……ああ戻って来たんだな、って実感が湧くんです。」

 そう言いながら帝都の街並みを見やるマリアの横に大神が歩み寄る。

「マリア……」
「はい?」
「おかえり……ずっと君を待っていたんだ。」
 まっすぐとマリアを見つめて、つぶやくように語りかける。

「はい、またこうやって隊長やみんなと一緒に任務にあたることが……」
「そうじゃない、マリア。」
 穏やかではあるがはっきりと自分の言葉をさえぎる大神の言葉に驚いて大神の方を向く。

「俺は……花組の隊長として言ってるんじゃない…」
「え……?」
 そのままマリアを抱きしめる。

「た!隊長?!」
「マリア、おかえり……ずっと待っていたよ……」
 その次の瞬間、驚くマリアの唇が塞がれる。
 マリアの頭を抱き寄せ、大神が唇を貪る。こうして大神と間近で触れ合うのは何カ月ぶりだったろうか…いや一年以上経っていたのかと思いつつ、マリアは自分の体が一瞬のうちに熱くなり、そして全身の力が抜けていくのを感じていた。まるで自分自身を支えている力が大神に吸い取られていくかのように。しばらくして二人の唇が離れた後、大神はそのまま唇をマリアの耳元に寄せて囁きかける。
「マリア……美しいよ……」
「た…隊長……やめてください…」

 顔を上気させて喋るマリアに悪戯っぽく大神が言う。
「みんなの前じゃなければいいんだろ?」
「そ、そういうことじゃなくて……!」

 そして再びマリアの唇が塞がれる。その後に大神の唇はマリアの喉元をなぞる。と同時に大神の手がマリアの服のボタンをはずし始める。
 ハッと我に返って慌てるマリアが大神の手を掴む。
「い、いけません!こんなところで……!」
「どうして?」
 マリアの手を逆に掴み返して平然と言う大神にマリアはさらに慌てる。
「どうして、って…こんなところ誰かに見られたら………」
「もうみんな眠っているさ…誰も来やしないよ…」

 そんなやり取りの間も大神の手は休むことがない。ほどなくマリアの素肌が外気に晒され、真夏の月明かりに触れる。月の光を受け妖しく映えるマリアの白い肌に思わず息をのみ、そのままマリアの胸に顔をうずめる。

「マリア……なんて美しいんだ……俺…ホントにおかしくなっちゃいそうだ…」
「ああっん……隊長っ……」








 その数分後、隊長室の中。ベッドの上に重なる2人の人影。お互いがお互いを激しく求め合う。ただただうわごとのようにお互いの名前を呼び合う2人。



そして2人だけの時間が過ぎていく。







「………マリア、随分汗かいちゃったね………お風呂行こうか?」
「はい………」

 2人は誰もいない劇場内を歩き地下の大浴場へ向かう。当然周りには一切人の気配はない。ただ外からの虫の音がきこえてくるだけ。その中をマリアの肩を抱いて通る大神。




 浴場に入った2人は鏡に映ったお互いの体を見てクスリと笑う。マリアを座らせて大神がマリアの体を流しはじめる。
「マリア…他の隊員と一緒に入ることあるの?」
「え?偶然はち合わせることはたまにありますよ。」
「じゃあこういうの見られたら大変だね。」

 マリアも大神も、体中にお互いの口付けた跡がほの赤く無数についていた。
「そうですよ隊長。どうしてくれるんですか?」
「ああ…ごめん。」
「ふふっ、いいんですよ。」



「さ、隊長。今度は私が背中を流しますね。」





 お互いの背中を流し合った後、湯舟の中で寄り添う2人。2人はしばらく黙っていたがやがて大神が口を開く。
「ねぇ、マリア……」
「はい……」

 大神はじっとマリアの目をみつめ、そして続ける。
「これから先……俺達の回りで何が起きるかわからない……」
「でも……俺はずっとマリアのそばにいたい……」
 そういってマリアの頭を抱き寄せる。

「隊長………」
 見開かれたマリアの目から次々と溢れてくる涙。

 2人の影は湯舟の中でしばらく動かなかった。




 長い長い時間をおいて、そして大神が口を開く。
「じゃあマリア、そろそろあがろうか?」
「ええ、そうですね。明日もありますからね。」


 2人一緒に湯舟から出たがその瞬間に軽い目眩が同時に2人を襲う。
「あ………」
 そのまま同時に浴場のタイルの上にぺたりと崩れ落ちてしまう2人。


「ああ……マリア、大丈夫かい………?」
「ふふ。長くお湯につかりすぎましたね………」
「ははははは………」




結局、風呂からあがるのには更に数分を費やす羽目になった大神とマリアであった。


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