トリプル・トラップ (2)






「そうだ、もう一度走馬燈をやってみればいいんじゃないですか?そしたら元に戻るかもしれませんよ」

 サニーサイド、ラチェット、ワンペアを加え、関係者の並んだ支配人室だった。
 三人の昴を見たサニーサイドが、「サプラーイズ&マーヴェラス!是非とも三人昴のトリオ興業を企画しよう!紐育中の人間が詰めかけるぞ!」とはしゃいで殺されかけるという一幕もあったが、今はどうにか真面目にこの問題に取り組む空気になっていた。


「昴は言った。…危険だ、と」
 ひらめいた、という様子の新次郎の弾んだ声に、いつもの紫色のスーツに着替えた昴Aが、キャビネットにもたれたまま淡々と答えた。
「まずランダムスター1機に三人が搭乗するのは困難だ。帰投できただけで奇跡のようなものだ」
「加えて、霊的矛盾が解決されない限り、走馬燈が発動できるかどうかも定かでない」
 戦闘服のままの昴Bが、大きなデスクを挟んで新次郎の正面で脚を組む。
「万一発動できたとしても…最悪の場合、三人が九人に増える可能性もゼロではない」
 ワンピース姿の昴Cが、新次郎の隣りで不吉そうに唱えた。

「うう…そうですか…」
 自案を退けられて新次郎が項垂れていると、ジェミニが明るい声で言った。
「ねえ、でも便利だよね!自分が三人いるのって!そうだったらいいのに、って、よく考えたもの」
 指を組んできらきらと瞳を輝かせ、妄想モードの表情になる。
「一人のボクがお掃除して、もう一人のボクが舞台のお稽古して、もう一人のボクがラリーと遠乗りして…」
「君は馬鹿か、ジェミニ」
 ひやりとするような声で、昴Aが言った。
「記憶や経験を共有できない以上、自分というパーソナリティーが複数あるなど何の便宜にもならないよ」
 昴Cが説明すると、昴Bもむっつりと頷いた。
「ああ、不愉快以外の何ものでもない」
「あ…そっか…それも、そうだよね…ボクじゃないボクが、どこで何してるかわからなかったら…やっぱりちょっと心配かも」
 ぽかんとしていたリカが、ぽんと手を打った。
「そーだな!リカが三人いたら大変だ!ゴハンが三人分いるな!」
 リカの無邪気な言葉に幾分場が和んだが、新次郎の笑いは固かった。

 支配人室のドアが開いて、王が入って来た。
「チェックの結果、ランダムスターに異常はありませんでした。機体の性能、量子水晶の動作、すべてオールグリーンです」
 手にしたデータ書類を見ながら言うと、昴Bが厳しい表情で尋ねた。
「…昴自身に、原因があるということか」
「断定はしませんが、可能性はあります」

 気難しい沈黙が降りた。
 
 明け方から戦闘に駆り出された星組メンバーのために、杏里とプラムが朝食を用意してくれていた。新次郎は促されてどうにかサンドイッチを口に運んだが、さっぱり味がわからない。
 どんな奇っ怪な現象か、いとしい人が三人になってしまった。原因も解決方法も不明のまま、何の手がかりもない。自分はこれからどうすればいいのだろう。
 途方に暮れながらも、何故だろう、新次郎は胸騒ぎがしてならなかった。何やら後ろめたいような、もやもやとした不安。果たして自分は、元通りただ一人の昴を取り戻すことができるのだろうか…?



 そこへ、サニーサイドが脳天気な呟きを漏らした。
「昴が三人もいるなら、一人くらいボクがもらってもバチは当たらないかなあ」
 すると、ダイアナとリカが便乗して発言した。
「ああっ、わたしだって、昴さんをいただけるのでしたら是非お一人…」
「リカも、すばるほしーぞ!すばる、大好きだからな!」

 ラチェットがヒールで足を踏むより早く、昴Bがぎらりとサニーサイドを睨み上げた。
「ふざけるな…昴は貴様などの所有物にはならない」
 昴Aは、肩を竦めて物憂げな溜息をついた。
「やれやれ…ダイアナ、君まで馬鹿な発言をするんじゃない」
 昴Cは、苦笑気味にリカの頭を撫でた。
「ふふ…ありがとう。でもね、リカ。昴は昴のものだからあげられないんだよ」

「…とりあえず、昴たちは順番に霊力測定を受けてもらおうか。異常があったら即時報告」
 サニーサイドが、ぱんとデスクに両手を置いた。
「賢人機関に報告したものかしら」
 ラチェットが問うと、華撃団司令はうへっと顔をしかめた。
「ええっいやだよ面倒くさい。下手をしたら昴を三人とも持っていかれちゃうよ?ここは内密に穏便に、ね」
「…そうね…あとは…混乱を避けるため、昴たちはシアターから出ないこと。一般客…特にマスコミに知られたら騒ぎになるわ」
「了解した」
 三人の昴が異口同音に答えた。
「霊力測定は僕から始めてもらおう。昴に異常などないことを早くはっきりさせたい」
 そう言って、戦闘服の昴Bはさっさと出て行ってしまった。慌ててラチェットが手配のために後を追う。
「…さて、残った昴は暇だな…シアターからも出られないし」
 ワンピースの昴Cが言うと、
「にゃうっ、そうだ昴さん、今舞台衣装を直してるんですけど、試着お願いしますう!」
 杏里がそう言って昴Aのスーツの袖を引っ張った。昴Aは、「まあ、いいけど…」とおもしろくもなさそうな顔で連れられていく。
「…ねえ…新次郎…」
 昴Cが、誘いかけるように新次郎を見上げた時だった。
「すばる!またリカにママのホットケーキ作ってくれる約束、ずーっとほったらかしだぞ!」
 一瞬、ほんのかすかにだが、昴Cの瞼がひきつったように見えた。だが、次の瞬間には、昴Cはにっこりとリカに笑いかけた。
「ああ…そう言えばそうだった。ごめんよリカ。今から作ってあげようね」
「やったー!ホットケーキ♪ホットケーキ♪」
 ぴょんぴょん跳ねるリカと一緒に出て行きながら、昴Cは振り向き、
「新次郎、後で話したい事がある」
 そう言い置いてドアを閉じた。




「ふうん…面白いねえ。怒れる昴、クールな昴、やさしい昴、か」
 サニーサイドがにやにやと頬杖をついて言った。
「サニーさん、気がつきましたか?」
 新次郎が目をまるく見開くと、上司はからかうような流し目をくれた。
「なんだ、大河くんも気づいてたの?流石、惚れた相手の変化には敏感ってわけか」
 ダイアナが頬に手をあてる。
「まあ…わたし、どの昴さんもそれぞれ昴さんらしく見えるばかりでした…凛々しくて、ミステリアスで、リカにはやさしくて…でも、確かに言われてみれば…」
「ええっ?同じ昴さんなのに、どうして違うの?」
「…人間の内面てのは混沌としてるもんさ」
 首を傾げるジェミニに、サジータが腕組みしながら答えた。
「たとえば、ダイアナなら、やさしくて穏やかなダイアナもいれば、なめたらあかんぜよ!な強いダイアナもいるし、ちょっと腐……まあ、アレなダイアナもいるわけだ」
「サジータさん、今のちょっとの先を詳しくお伺いできませんか」
「まあそれは置いといて」
 ダイアナの追求をうまく逃げ、サジータは続けた。
「昴ってのはホントに複雑なやつだよね。性格悪いかと思えば殊勝なところもないわけじゃあない。クールにしてホット。誰より大人っぽい振る舞いで子どもじみたいたずらをしたり…つかみ所がないっていうか…」
 新次郎はぼんやりと、そんな会話を最近どこかでしたような気がした。
「その複雑な中身が、三人にばらけちまった、ってことじゃないのかい?」
「どうして、そんなことになっちゃったの?」

「推論ですが…私がそっとお答えしましょう」
 発言を控えていた王がひっそりと言った。
「走馬燈で量子空間をスライドさせる時、それぞれ同じ三人の昴殿が現れるのが通常です。ですが、今回、なんらかの原因で、人格や性格が幾分偏った割合でスライドされてしまったのでしょう」
 顎髭の先をつまみながら、思案深く目をすがめる。
「問題なのは、原因です。何故、突然こんなことが起きたのか…」





 その時、耳にやかましい警報音が、スピーカーから鳴り響いた。
「ベイエリアに魔操機兵出現!」
 プラムの声が告げる。
「勘弁してくれよ、さっき帰ってきたばっかりだってのに!」
 ぼやきながらも、サジータは弾かれたようにソファから立ち上がり、ハンガーへ向かって走っていった。他のメンバーも同様だ。
 新次郎も慌ててドアから飛び出し、廊下を走る。すると、
「新次郎!」
 先ほど出て行った三人の昴が、サジータたちとすれ違うようにこちらに向かって駆けてくるのが見えた。
 件の空間断層を警戒しながら微妙に距離を取りつつ、集まった三人の昴は同時に問うた。
「ランダムスターには誰が乗る?」

 新次郎は固唾を飲んだ。三人の昴がじっと自分を注視している。
「君が決めてくれ、新次郎。昴は、隊長である君の言葉に従う」
 そう言った昴Cの顔は、どこか思い詰めたような緊張が見えた。
 反対に、昴Aには緊張感のかけらも感じられなかった。むしろ投げやりな斜の視線には、無気力さすら漂っていた。
 昴Bは、明らかな戦意と熱意が感じられた。今すぐ新次郎を押しのけてでも出動しそうな勢い。

 新次郎は即断した。
「隊長命令で、戦闘服の昴さんにお願いします」
「賢明な判断だ」
 昴Bは答えると即座に駆け去った。
 昴Cは、新次郎が昴Bを選んだことに傷ついたような表情を見せた。
 昴Aは、ぱらりと鉄扇を開いてひらひらと扇ぎながら言った。
「…せいぜい、頑張って戦ってくれ。健闘を祈るよ」







 戦闘は、あっという間に片がついた。
 戦鬼のごとくランダムスターを駆る昴Bの一人舞台。狂い咲きの一撃で敵は粉砕された。他のスターは何の攻撃もできないうちにだった。
 独断専行、と咎められない、隊長である新次郎の体面をぎりぎり傷つけない微妙なラインまで計算し尽くされた、昴Bの活躍だった。

「むうー!リカの出番がないぞー!」
 むくれるリカに、昴Bは、昴Cとは打って変わった厳しい口調で指摘した。
「君は陸戦形態に変形してからの初動がわずかに遅かった。弛んでいるぞ。精進するんだな」
 リカとダイアナは絶句し、サジータはひゅうと口笛を吹いた。
「昴さん、そんな言い方しなくても…!」
 ジェミニの声にも、昴Bの答えはとりつく島もない。
「昴は、事実を言ったまでだ」





「ええと…さ、流石ですね昴さん…さっきの戦闘………でも…」
 スターを降りた昴を呼び止め、新次郎は話しかけた。活躍は確かに見事だったが、このままではチームワークに支障を来しかねない。怒れる昴、とサニーサイドは表現したが、昴はこんなに不機嫌な人物だったろうか?

「昴は言った…当たり前だ、と。昴は常に完璧だ」
 新次郎の言葉を遮り、昴Bは昂然と小さな胸を張った。そして、
「大河新次郎、ここはひとつはっきりさせておこう」
 まっすぐ鉄扇をつきつけて宣言した。
「この昴こそが真の昴だ。他の二人ではなく」



「え…」
 唐突な言葉に、新次郎はたじろいだ。

「あの二人は弱く駄目な昴たちだ。戦う意志も誇りもない。誇りを持たない昴など、昴ではない」
 鋭い眼差しのまま、昴Bが語る。
「昴こそが、昴を評価し、昴を認め、昴を敬う。それがプライドというものだ」
 聞きながら、新次郎はなんとなく理解した。これは、強い昴。厳しく誇り高く、時に熱く激する、すぐれた戦士である昴なのだ。
 同時に、不安になった。揺るぎなく凛と立つその姿には、他者への容赦が感じられない。
 果たして、この昴は、少しでも自分への好意を持ち分けていてくれているのだろうか…?

 さらに、昴Bはその不機嫌の理由を不穏な表現で明らかにした。
「昴は、他の二人の存在が許せない。彼らは不要だ」

 じわりと、新次郎の心臓がしめつけられた。
「…な、なんてことを言うんですか昴さん!」
 昴Bの瞳は、他の二人を殺めかねない峻烈な憤りと誇りに燃えている。新次郎はざあっと青ざめた。
「冗談でも、そんなことは言わないでください!」

 必死に叫ぶと、昴Bは、まるで聞き分けのない子どもでも見るような困惑の表情を浮かべた。
「…君は…彼らの存在を、許すというのか」
 昴Bは残念そうに溜息をついた。そして鉄扇を畳み、顎の先に当てた。
「新次郎…」
 慎重そうに、唇が呟く。
「昴は警告する…ならば、気をつけろ、と」
 つい、と背伸びして新次郎の耳元に唇を寄せると、昴Bは低く囁いた。

「昴の闇は、深いぞ…」





《続く》




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