ツートーン・ステップ (3)








 磨き抜かれた大理石の床に、金の縁取りのショウウィンドウ。ガラスケースの中には宝石、宝石、また宝石…。目がちかちかしそうな目映さだ。サングラスしててよかったと思った。

 加えてあたしの格好は髪をほどいて真っ赤なツーピースとハイヒール。役どころはサフィール嬢のマネージャーだ。
 バサーリにとってはあたしは敵側の弁護士だ。いつもの格好ではち合わせたらひと目でばれるだろう。一緒に入店するのはリスクがあった。
 でも、白人は黒人の人相を見分けにくいという説もあるし、このくらい変装すれば簡単には見破られないだろうと思ったんだ。

 ロベリアはいかにも欧州の放逸な女優のように、自信たっぷりで店に足を踏み入れた。
 足取りまでしなやかに変わってる。結構やるじゃないか。
「いらっしゃいませ」
 流行のスーツで決めた店員がスマートな物腰で近づいてきた。女性客受けの良さそうな、なかなかの男前だ。
「最近入荷した大きな石を見せてくださらない?」
 …出たよこの声。ロベリアのやつ、どっから出してるんだかというとろけるような甘い声だ。これなら17歳でも通るんじゃないか?

「それでは、こちらの商品など如何でしょうか…」
 ゼロがいくつついてるのか数えたくないような石の並ぶケースの前に案内されたが、ロベリアは目もくれなかった。
「こんな石じゃなくて、もっと大きなものよ」
 薄青い目は、獲物を捕らえる獣みたいに店員を見ている。
「…と…、おっしゃいますと…」
 飲まれたように突っ立ってる店員に、あたしは横から言った。
「こちらは巴里の大スター、マドモワゼル・サフィールです。ある特別な宝石をお探しです」
 そこでロベリアは大袈裟な身振りで肩をすくめてみせた。
「ああもう、あなたじゃお話にならないわ。店主を呼んで頂戴」
「し、少々お待ち下さいませ…」
 店員はあたふたと店の奥に引っ込んだ。


 あたしたちはしばらくその場で待たされた。
「なあ、まずいと思うかい?」
 悪ふざけの過ぎる客だとガードマンにつまみ出されたら失敗だ。
「もう少し粘ってみようぜ」
 いつもの声に戻ってロベリアが答える。場数を踏んだ大泥棒のコメントだと思うと、この状況では頼もしい。



「大変お待たせ致しました」
 店の奥から、先ほどの店員を伴ってバサーリが現れた。よし、第一段階は成功だ。
 バサーリはいかにも洒落者のイタリア系ダンディという風体で、ズボンの折り目は手が切れそうなくらいだし、靴もまわりの宝石に負けないくらいぴかぴか光ってる。髪には白いものが混じってるけど、手入れされた眉の下の目つきは精力的だ。老舗の名店が、こいつの代になってから黒い噂が出るようになったって話だ。
「巴里はシャノワールのマドモワゼル・サフィールと言えば、私もお名前を存じております」
 宝石店主は慇懃な笑顔を浮かべ、腹の前で手を重ねて言った。




 その前に、あたしたちは話をしていた。以下回想シーンね。

「なあ、ちょっと引っかかることがあるんだけど。あのランダルって泥棒は、リモージュの花瓶を盗んだらたまたまそこに重要機密の霊子水晶が入ってたってのか?ちょっと出来すぎな話だよね」
「そりゃあアタシも思ったさ。でも、アタシがあの花瓶に石を隠したのは偶然だ。ランダルには事前に知りようがなかったはずだ」
「でも、紐育までわざわざ持って来たのも気になる。足がつかないための用心だとしても…古買屋の話じゃ馴染みの客だったそうだけど…なぜバサーリに売ったんだろう。古買屋じゃなく」
「宝石だから、鑑定眼のある宝石商に売ったのかとも思ったが…でかい宝石と言っても、玄人ならひと目で水晶とわかる石だ。機密扱いの霊子水晶だと知らなければ、それほど価値があるとは思わない。それを買ったバサーリってのは一体…」
「…何かありそうだよね」
「アタシとアンタの両方がそう感じるってことは…黒、だな」



 というわけで、バサーリは滅茶苦茶怪しいわけだ。華撃団の秘密を…ヘタをしたらシャノワールが巴里華撃団の本部だってことまで知ってるのかもしれない。そうするとシャノワールのサフィールを名乗るのは賭けだったけど、それで向こうが正体を現すなら、イチかバチかだ。

「ところで、どちらでその石の情報を?」
 バサーリの眼には探るような色があったが、ロベリアは微塵も動揺を見せなかった。
「幸運の石だって噂を聞いたのよ。その石を手にしたものは芸能界で大成功できるんですって。だからわざわざ巴里から買いに来たのよ」
 うまいアドリブだ。さすがはサフィール嬢てところか。
「いくらでもお支払いするわ。早く石を見せて頂戴」
 小切手帳を出してパラパラとめくってみせる。

「左様でございますか…それでは、店の地下に特別なお部屋がございます。商談のほうはそちらで…」
 地下の特別なお部屋と来た。なんとも意味深じゃないか。あたしとロベリアはちらりと目を合わせた。
「いいわ。ああ、私のマネージャーも一緒にね」
「どうぞ、こちらでございます…」

 敵の懐に入り込むという狙いは上手くいきそうだった。丸腰だけど、あたしたちには霊力って便利な力がある。ただし、ロベリアには相手の武器以外は燃やすなとくれぐれも言ってあった。
 店の奥の、厳重に施錠されたドアをくぐると、いかにも胡乱な暗い階段があった。降りていった先には、でかい金庫室の扉。バサーリが慎重にダイヤルを回して、重々しく扉を開く。
 中には宝石や指輪やらがずらりと並んでた。これはみんな盗品なのか…?あの首飾りは…こないだどこぞで盗まれたってタイムズに載ってたやつだ。その隣りに鎮座するのは、ロベリアが言ったとおりの、握り拳サイズのクリスタル。
「そうそう、これよ…この宝石を探していたの…!」
 声を弾ませて駆け寄ると、
「…こいつは返してもらうぜ」
 ロベリアが本性を現した声で言って、宝石を掴み取った。




「…やはり、巴里華撃団のロベリア・カルリーニだったか」
 いきなり正体を言い当てた背後からの声に、思わずぎょっとした。

 警備員と呼ぶには明らかにガラの悪すぎる男たちが数人、拳銃を持って出口を塞いでいる。その真ん中に立つのは、髪をオールバックに撫でつけた初老の男。尊大な雰囲気は一見紳士然としちゃいるが、その顔は敵意と侮蔑に満ちていた。
「てめえは…ヴァレンタイン卿!」
 誰だか知らないけど、ロベリアがそう呼んだのを見ると、何か因縁のあるヤツらしい。
「なんだ…英国諜報部は最近は宝石泥棒もやってるのか?シャノワールを時計泥棒呼ばわりしたのはどこのどいつだったかな」
 ロベリアはこれ以上できないくらい嫌味な抑揚をつけて言った。
「あの件を失策と見なされ、私は諜報部を追われる羽目になったのだ」
 返す男の声には怨みが籠もってる。そういや、ジャンヌダルク事件で一緒だった時に、メルとシーがスパイごっこしたとかなんとか話してくれたような…あの時の話かな?
「だが、当時のコネクションと私の手腕で、シャノワールと巴里華撃団について調べ上げ、その石に関する賢人機関の機密情報を入手することができた。だからビジネスパートナーのバサーリに、巴里に詳しい泥棒を手配させたのだ」
 落ちぶれたスパイが盗品売買の宝石商とつるんで、どんなビジネスだか。でも英国紳士は悦に入った様子で自分の計画を披露し続けた。
「この石を奪ってライラック伯爵夫人を失脚させ、巴里華撃団を解散に追い込んでやる。そしてバラバラになった小娘どもを、一人一人ひねり潰してくれよう」
 成る程、バサーリの裏でこいつが黒幕をやってたわけだ。とりあえず賢人機関の機密事項が漏れるようじゃ危険だなと思いながら、あたしは挙手した。
「あのー、一つ質問。なんであの泥棒は、こいつが宝石を花瓶に隠したのを知ってたんだい?」
「ああ、望遠鏡でライラック邸を偵察していて、窓から目撃したそうですよ。お陰で書斎まで侵入する手間が省けて大助かりだったと言っていましたね」
 バサーリが事も無げに答えてくれた。
「なあんだ、そんなことだったのか」
 疑問がとけてあたしはすっきりしたけど、ロベリアは苦虫を噛んだような顔をしてた。


「相棒の女は何ものだ?まあジプシーと黒(割愛)とは、似合いの仲間じゃないか」
 ライミー野郎(お返しだ)がそう言って手を伸ばし、あたしのサングラスをはたき落とした。
「おお、なんと!弁護士のミス・ワインバーグではありませんか」
 英国人は紐育星組の隊員までは把握してないみたいだったけど、バサーリが手を叩いて反応した。ちぇっ…ばれちゃしょうがない。
「あんた、やっぱり盗品を扱ってたんだな。子飼いの泥棒まで抱えてさ」
 そう言うと、宝石店主は憂うかのように眉を下げてみせた。
「とうとう知られてしまいましたか…これまでは、騒ぐ相手には窃盗の容疑をなすりつけてうまくやって来たのですが」
「そうか、あたしの依頼人が身に覚えのない盗品の宝石を持ってたのは、あんたが仕組んだんだな。手下に泥棒がいるんじゃ、家に忍び込むのもお手のもんだろう」
 バサーリは気障な仕草で肩を竦めた。
「知られたからには…すんなりお返しするわけにはいきませんね」
 そもそもここまで引き込んだ時点で、返すつもりなんか微塵もなかったくせによく言うよ。
 勿論、英国人もバサーリと同意見のようだった。
「まずは、その石を返してもらおうか」
 銃を向けた男たちがずいと詰め寄ってくる。

「ふん、やなこった」
 ロベリアの薄青い瞳がぎらりと光ったかと思うと、男たちの手の中で次々と銃が燃え上がった。
「うわっ」
「何だ」
 炎に包まれた銃を取り落とし、男たちは手のひらを振りながら慌てふためいた。
 銃は金庫室の床の上で燃えながら溶け落ち、何発かが軽く暴発した。
「さあ、そこをどいてアタシたちを通しな」
 男たちは怪異なものを見るように、恐ろしげにロベリアを見ていた。

「そこまでだ」
 あたしの頭に、ヴァレンタインが銃を突きつけていた。
 しまった…ちょっと観客気分で気を取られてた。
「この銃も燃やすかね?だが、熱を感じた瞬間に私は引き金を引くぞ」
「ちっ…」
 ロベリアが忌々しげに舌打ちをした。参った…こいつがあたしの命を惜しんでくれるかどうか、とんと自信がない。
 ところが、驚いたことにロベリアはアンダースローで石を放り投げて返した。
「…ほらよ…返しゃいいんだろ」



 明日の紐育の天気を心配してる場合じゃなかった。
 あたしたちは銃を突きつけられたまま、背中合わせで鎖でぐるぐる巻きにされちまった。これじゃ身動きもままならない。手錠で繋がれてた時のほうがまだよかった。
「シャノワールのメイド二人にはお仕置きをしてやったが、おまえたちにも必要なようだな」
 ヴァレンタインの気取った目つきに、下卑た光が宿った。何だか知らないけど、あんまり楽しいおもてなしじゃなさそうだ。
 さて…ロベリアが鎖を燃やすとしても、鎖が切れる前に撃たれちまうだろう。ロベリアの炎は弾丸でも溶かせるけど、至近距離すぎて防げない。あたしのチェーンを使っても、この体勢では全員を振り切って逃げ切るのは至難の業。
 となれば最後の手段、また二人で協力攻撃して大暴れのコースか。出来れば避けたかったんだけどなあ。
「やるか」
 ロベリアの声はやる気満々だ。
「…仕方ないね。怪我人が出ない程度に行くよ」
 軽く溜息をついてから、あたしは精神を集中した。霊力を同調させるために、イメージを膨らませる。ロベリアと…協力攻撃…。



 ところが、浮かんできたのは非協力的なシーンばかりだった。
 紐育で再会してからのあたしたちと来たら…。
 食らった肘鉄。
 転がってくるゴミ箱。
 絡み合ったチェーン。

 急に気力が萎むのがわかった。あたしたちはこんなに噛み合わないんだ。そもそもこいつはあたしを騙して利用して邪魔ばっかりして……。



「サジータ!」



 呼ばれて、はっとした。

 思い切り首を捻ると、どうにかロベリアの横顔が視界に入った。
「こんな時くらいアタシを信用しな」
 氷のような瞳が、燃えるように光ってあたしを見てる。

 こいつがちゃんとあたしの名を呼んだのって、初めてじゃないだろうか。弁護士様でもアンタでもなく。
 なんだか、我に返ったような気がした。


「わかったよ、…ロベリア」
 にやっと笑って、こっちもしっかり名前を呼んでやると、ロベリアはちょっと気まずそうな顔になった。

「何をごちゃごちゃ言っている!」
 銃を突きつけ直すヴァレンタインを見据えて、あたしたちは同時に呼吸し、唱えた。

「バーディクト・チェーン!」
「フィアンマ・ウンギア!」




 直後に、炎を纏った巨大な鎖が具現化して、ヴァレンタインの銃を弾き飛ばした。

「うわあっ」
「これは一体…」
 バサーリは早くも腰を抜かし、手下の男たちは頭を抱えて身を竦めるやら逃げ惑うやら。盗品の宝石が宙に舞い、流れ星みたいにキラキラと光ってた。


 怪我人が出ない程度に、と言ったのはあたしなんだけど…その言葉はどこへやら、あたしはすっかり暴走してた。なんだか、すごく力が湧いてくる。体が熱くなって、止められない。どうしたってんだろう。酔っぱらったみたいに気分がよくて、歌い出したいくらいハイな気分。
「うあっちっ!」
 ヴァレンタインがやけどでもしたみたいに霊子水晶を取り落とした。石が眩しいくらいに発光して、びりびりと震動している。
 あの石のせいだ、と気付いた時には、あたしたちのまわりには、燃えさかるチェーンがドラゴンみたいにのたうち回って暴れていた。霊子水晶に増幅されて、霊力の制御ができなくなってる。
 あたしの目には、すべてがスローモーションに見えて、自分が光の速さで動いてるみたいだった。状況はロベリアも同じなようで、合わせた背中の間が溶鉱炉みたいに熱を持ってた。
 燃えるチェーンが天井を穿ち、がらがらと崩れてくる。重厚な金属扉の蝶番がひしゃげ、そこかしこで火花が散っていた。

「お…の…れえ…っ」
 ヴァレンタインの声も間延びして聞こえた。笑っちゃうくらいにのろのろと伸びた手が、銃を拾い、あたしたちに向けて発砲する。

 あたしたちは背中合わせで縛られたまま、ぴったりと息の合ったダンスのステップを踏むみたいに動いた。何の合図もなしに上半身を揃えて捻り、のけぞり、身を屈め、闇雲に飛んで来る銃弾を瞬速で避けた。
 ヴァレンタインが呆然とする暇もなく、あたしたちはヒールを履いた足をだん、と床に打ち付け、踏ん張り、ユニゾンの動きでもう片方の足を振り上げた。

「「はあああっ!」」

 白と黒の足が並んで伸びて、ヴァレンタインの脳天に光速踵落としを食らわせた。




 同時に、霊子水晶は粉々に砕け散っていた。








 ソルト警部率いる警察隊が到着し、ようやくあたしたちは背中合わせの状態から解放された。半壊した店舗の地下から盗品の宝石がごろごろ見つかったので、バサーリは首尾良くお縄頂戴となった。
 ヴァレンタインは宝石店に押し入った強盗という扱いで逮捕され、加山が現れて大統領権限とか持ち出し、身柄を抑えて連れ去った。これで賢人機関ももう少し情報の扱いに慎重になってくれることを祈るばかりだ。
 あたしとロベリアはあくまでたまたま居合わせて巻き添えを食った一般客。錯乱したバサーリが燃えさかるチェーンがどうのと騒いだけど、店の破損は強盗が持ち込んだ爆弾が爆発したため、というのが公式発表と相成った。

 後はロベリアがブツブツ言いながら報告書を書くのを手伝ってやった。あたしとロベリアで合同で霊力の実験をした結果、霊力暴走を起こして霊子水晶は砕け散ったというそのまんまの内容だ。 霊子水晶の作用については嘘はないし、実験のために預かったという目的は果たしたわけで、この報告書が正式に受理されればグランマの首も安泰だろう。サニーサイドにも報告して協力を仰がないわけにはいかなかったけど、あたしの裁判を有利にできる分、巴里への貸しにはしないでもらった。






「…郵便ポストの下だ」
 去年開港したばかりでぴかぴかのニューアーク空港のゲートに、あたしたちは立っていた。

「え?」
「あのチンピラの財布だよ…警察署の前の、郵便ポストの下に貼り付けてある。あいつの知り合いなら、返してやってくれ」
 ぶっきらぼうな口調で、ロベリアが億劫そうに言った。



「…まあ特に知り合いじゃないんだけど…責任もって引き受けたよ」
 あたしの財布も返してほしいところだったけど、コイツにとって知り合いの財布を掏るのは挨拶みたいなもんなんだろう。ミスター・大神もやられたって聞いたし…まあ迷惑な挨拶だけどね!

「さあて、これでようやくアンタの気詰まりな顔とおさらばできるわけか」
 軽く体を伸ばしてさばさばと言うと、ロベリアは小馬鹿にしたような目をあたしに向けた。
「まったく、清々するぜ」
「フランス語じゃありがとうってのをそう言うのか。初耳だな」
「お互い様なのに一方的に感謝を求めるのがアメリカの流儀かい」
「ふん、あんたが来なくてもあたしなら独力で裁判に勝てたさ」
「ああ、そうだろうな…」
 応酬するつもりがいきなり肩すかしを食らって、あたしはずっこけそうになった。

 ロベリアはあたしをまっすぐ見ると、おもむろに肩を抱いた。
「まあ…アンタにゃいろいろ助けられた……ありがとよ」




 懐に忍び込もうとしていたロベリアの手の甲を、あたしは思いっきりつねりあげた。
「いててて!」
「そうそう同じ手に引っかかってたまるかっての」
 前回これで財布を掏られてあたしは地団駄を踏む羽目になったんだ。いくら挨拶代わりでも、二度も通用すると思われてたとはあたしも侮られたもんだ。
「ちっ…しくじったか」
「まったく…懲りないねあんたも」


 そこへ、巴里行きの便の最終搭乗案内のアナウンスが流れた。
「ふん…財布はまたの機会に頂くよ」
 別れの挨拶は、そんな捨て台詞みたいな言葉だった。

「まあ…悪さもほどほどにしときなよ」
「余計なお世話だ…じゃあな。あばよ」
 くるりと身を翻したロベリアは、何を思ったか戻って来て、あたしの体に手を回した。
「バーボン、うまかったぜ!」
 ばん、とあたしの背中を叩いて、ロベリアは去って行った。


 やれやれ、と思う気持ちの中に一抹の寂しさが混じってるのを、あたしは渋々認めた。なんだかんだ言って、案外あたしも楽しかったんじゃないか?いろいろムカつくこともあったけど、あたしの肩を抱いて言った言葉は、前回も今回も、あながち芝居じゃなくて本心からの言葉なのかもしれない。

(サジータ!)

 ロベリアの声が、耳の奥に残ってる。ただ名前を呼ばれただけなのに、なんだかその音には温度があって、口に酒を含んだみたいに味わい深かった。

 面白いくらいに正反対で、相容れない、ソリが合わない、憎たらしいヤツ。でも……。

 どこかでまた巴里に遊びに行ってみるかな…そして、今度こそ朝まで飲み明かせたら…。





「あの、ちょっと」
 見知らぬ年配の婦人に後ろから声をかけられた。なんだかくすくす笑ってる。
「あなた…これ本当なの?」
 言われて体を捻ると、背中に紙が貼られていて、



『あたしは有能弁護士!ただいま無料相談受付中



 …と書いてあった…………。





《おしまい》 




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